ALC0385⇔黒獣の角
「うわぁ……」
丘を登り開けた場所に出た途端、大きく溜息を吐く。
街の中央から眺めただけでは分からなかったが、あまりにも広大な広場が眼前に広がる。
白一色で敷き詰められた敷地。
幾何学模様に描かれた魔法陣のようなものがいくつも地面を覆っている。
そして芸術的なオブジェ。
宮殿の周りに設置されたこれらも、全てが白一色で塗り固められている。
「この国の宮殿は戦争時代に敗北したときに半壊したそうだ。だから東半分は瓦礫に埋まったままなのさ」
半ば口が開いたままの私に水島が説明する。
水島の言うとおり、長方形に立てられた宮殿の東半分は瓦礫に埋もれたままだ。
しかしそれすらも敢えてそう建てられたのかのように、芸術性を醸し出している。
「? どうした? 久慈原早苗」
微動だにしない私に不思議そうに声を掛ける水島。
「綺麗……」
そう一言だけ呟いた私は大きく息を吸う。
新鮮な空気が肺いっぱいに広がる。
きっと戦後にこの国を平定させた人々は、戦争の悲惨さを忘れない為に敢えてこの宮殿を残したのだろう。
そう考えると『綺麗』という言葉は不謹慎で相応しくない言葉なのだと思う。
しかし私は率直に綺麗だと感じてしまった。
「時間が無い。遊びに来たわけではないぞ」
呆れた水島は私を置いて一人宮殿の入り口へと向かう。
慌ててその後を追う私。
大きく開け放たれた宮殿の門を潜り抜け室内へと入る。
ひんやりとした空気が心地良い。
受付にいるNPCから入館の許可証を手渡され宮殿の奥へと進む。
天井にはいくつもの芸術的な絵画が所狭しと描かれている。
そのほとんどに黒い様相の獣が描かれていた。
(ブラックユニコーン……)
流石は神獣と崇められているだけのことはある。
視線を宮殿内のオブジェに向けるとやはりユニコーンの形をしたものが多く置かれている。
これならば資料も豊富に取り揃えてあるのだろう。
私達は時間を決め、手分けして資料を漁ることにした。
◇◆◇◆
「うーん……」
資料室に山のように詰まれた資料の数々。
久々の読書に目の奥が痛くなって来る。
「どれも神話を基調とした資料ばかり……。もっとこう、実用的なものとか無いのかしら……」
椅子から立ち上がり別の資料室へと向かう。
水島も今頃どこかで目を皿のようにして探しているのだろうか。
それとも飽きて外でタバコを吹かしているのかも知れない。
奥の部屋へと向かうと医療系の図書のコーナーを発見する。
まさかインフルエンザの治療法が載っている本があるとは思えないが、神獣にまつわる資料が無いかを隈なく探して行く。
そして一つのタイトルの本に目が止まる。
「黒獣の角……?」
ページを捲るとブラックユニコーンらしき記載を発見する。
先程まで読んでいた神獣としての神話ものではなく、医薬としての見解を示した記事。
要約すると、ブラックユニコーンの角には全ての毒を無毒化させる神秘の力があるのだとか。
結局は神がかった力についての一説なのかと思ったが、よく読むと医学薬学についての検証結果も詳細に記載してあった。
恐らくこの医学書は、ブラックユニコーンが神として崇められる以前に書かれたものなのだろう。
文章にはブラックユニコーンとはっきりと明記されてはいないが、この国の神話としての都合上、『黒獣』として再翻訳された可能性もある。
私はその文章の一部をメモし、他の書物も漁り始める。
どれくらいそうしていたのだろうか。
いつの間にか宮殿外は日が落ちてしまっていた様だ。
そろそろ帰らなければ女神が心配するだろう。
私は何冊か小脇に抱え、水島を探し始める。
ちょうど宮殿内の中央通路で外を眺めている水島を発見する。
声を掛けようと思ったが、何となく躊躇してしまう。
彼はまた、何かを考えている様だった。
宮殿内の灯りが彼の横顔を淡く照らす。
「……」
彼は何かを呟いていた。
独り言だろうか。
しかしそれよりも、彼の悲しそうな横顔に私は魅入ってしまう。
あんな顔をする水島は初めて見た気がする。
何故か鼓動が早くなる私。
「……? いたのなら声を掛けろ。久慈原早苗」
「あ……」
私の存在に気付いたのか。
水島は表情を戻し、私に振り返る。
「調べ物はもういいのか?」
「え、ええ……」
「?」
ちょっとどぎまぎしながら返答してしまう私。
何を焦っているのだろう。
ちょっと咳払いをした私は、気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
「後は宿に帰って調べるわ」
そういい手に持った数冊の資料を見せる。
彼は軽く「そうか」といい、入り口に向かって歩いて行く。
その後ろを何も言わずに付いて行く私。
受付で貸し出し申請を終えた私は、そのまま水島と共に丘を下って行く。
夜だというのに、室内とは違い熱気を帯びた風が頬に当たる。
明日あたりに女神と共に軽装を買いに行こう。
しばらくはこの国に滞在することになりそうなのだ。
この服のままでは生活していくのに困る。
「貴方は何を調べていたの?」
ふと水島が何を調べていたのか気になり尋ねる私。
彼を同じ資料室では一度も見かけなかった。
神獣に関する資料室は全て回ったから、彼は別の件について調べていたのだと予想する。
「この国の歴史についてさ」
「歴史?」
風にたなびく髪を鬱陶しそうにかき上げながら水島は答える。
「ああ。これだけの軍事力を持ちながら、武力を行使しない理由を知りたくてな。一度は戦争に負けた国とはいえ、自衛の為という名目の軍事力を隠し持っている国……。それがユーフェリウス共和国だ」
庵達が支配する三国に匹敵するほどの軍事力。
この国が存在しているからこそ、世界中での戦争の抑止力になっていることは前に水島から聞かされていた。
この国が滅びれば、世界は戦争という名の混沌にひれ伏してしまう。
名前どおり『デスゲーム』の世界へと収束してしまう――。
「で、分かったのかしら。その理由は?」
普段の口調で質問する私。
大丈夫。
だいぶ気持ちは落ち着いてきたみたいだ。
「さあ? どうだかな」
肩を竦め、そう答える水島。
いつもの嫌味な笑顔で。
私を小馬鹿にするような仕草で。
「そう。まあ、気が向いたら教えてくれると助かるわ」
彼の脇をすり抜け丘を下る私。
予想外の答えだったのか、肩を竦めたまま目をパチクリとさせている水島。
たまにはやり返してやらないと気が済まない。
私はそのまま無言で坂を下って行く。
「……おい。何を怒っている」
「別に」
「怒っているだろう。俺が何かしたか? 全く覚えがないのだが」
「怒っていないわ。疲れただけ」
後を着いて来ながら質問する水島。
それを軽く返すだけの私。
別に怒っている訳では無い。
何だか色々と悔しいだけなのだ。
そう、色々と――。
宿に到着するまでの間、私達は何故か早足で丘を降りて行った。
――その姿を後で想像したら、笑いが込み上げて来てしまったのだが。




