ALC0385⇔ひとときの休息
「ふんふふーん♪ ふふんふんふんー♪」
「もう、少しは静かにしなさいよ」
「だって楽しいじゃないですかぁ。こんなに広いお風呂に入るのって久しぶりなんですもんー」
身体中に石鹸を泡立てている女神は嬉しそうにそう答える。
私は苦笑しながら自身の身体に付いた泡を綺麗に流して行く。
「水島さんもご一緒したら良かったんですけどねぇ。せっかく貸切にしたのだからー」
「馬鹿言わないでよ。一緒に温泉なんて入れるわけないじゃない」
「? どうしてですか?」
「どうしてって……」
キョトンと首を傾げる女神。
分かっていて言っているのか、それとも本当に天然なのだろうか。
綺麗に身体を洗い終えた私は一足先に湯船へと浸かる。
「はぁ……。疲れが取れる……」
手足を大きく広げ、肩までしっかりと浸かる。
目を瞑り、大きく息を吐く。
どれくらいぶりだろう。
こんなに気持ちが落ち着けたのは。
「あああ! 目……目に泡が入りましたぁ! 助けてくださいサナエさん!」
「……はぁ……」
大きく溜息を吐いた私は今しがた入ったばかりの湯船から上がり、じたばたしている女神の元へと歩み寄る。
ホント手の掛かる子だ、この子は。
「どれ? 見せてみて」
屈み込み、泡だらけの女神の顔を覗き込む。
今さっき流したばかり泡が、私の身体に纏わり付く。
ホントにもう……。
「ううぅ……。いつもご迷惑お掛けします……」
しゅんとした女神の顔にぬるま湯を掛け、丁寧に泡を落としていく。
全ての泡を落とし終えた私は、女神の瞼を指で押さえ眼球の状態をチェックする。
少し赤くはなっているが問題は無いだろう。
何度か水で綺麗に流して、手で擦ったりしないよう注意すれば大丈夫だ。
「ほら、貴女も一緒に入りましょう。あんまり水島を待たせても悪いし」
「いい女は男を待たしてナンボですよ、サナエさん」
「……どこで覚えたのよ……そんな言葉……」
再度溜息を吐き、女神と自身の身体に付いた泡を流して行く。
今頃水島は外でタバコでも吸いながら待ってくれているのだろう。
女二人では危ないからと警護を買って出てくれたそうだ。
直接私には何も言わなかったのだが。
「それにしてもサナエさん。前にも思ったんですけれど、なかなかいいものをお持ちのようで」
「?」
全ての泡を流し終えたところで、女神がニヤリと笑いながら話し掛けて来る。
いいもの?
「巨乳とは言い難いですが、形の良いお胸……。お肌も白くてスベスベですし、拙者は羨ましくて妬ましくて、それはそれはけしからんですねぇ」
「……貴女ね……」
訳の分からない口調で喋りだす女神。
訳が分からないのはいつもの事なのだが。
「水島さんもこんなにいい女に手を出さないなんて、一体何を考えていらっしゃるのでしょうかねぇ」
「はいはい、分かったから。とりあえず湯船に浸かってね」
強制的に立ち上がらせた私は女神の手を取り湯船へと向かう。
話し始めると長いのだ、この子は。
「彼には恋愛感情というものが無いのでしょうかねぇ。一つ屋根の下にこんなに可愛い女の子を二人も侍らせて何もしないなんて。……ま、まさか男の人のほうが好きだとか、そういう感じなのでしょうか……!」
女神は自身の頬に両手を当て、何故か顔を隠すような仕草をしている。
チュートリアルシステムにしか過ぎないこの子に恋愛感情論を諭されるとは、水島も哀れだと思ってしまう。
今頃外でクシャミでもしているのかも知れない。
「まあでも、水島さんも顔はまあまあなのですけれど、性格がちょっとアレですからねぇ。悪いことばっかり考えているし、最近はあんまりお小遣いもくれないし」
軽く相槌を打ちながら、女神の話を聞き流す私。
この子は水島と二人っきりの時は、今度は私の噂話とかをしているのだろうか。
何の話をしているのか気になるが、聞く勇気もないし聞くつもりも無いが。
「でもなんか憎めないんですよねぇ。なんででしょうかねぇ。まさか……これが恋?」
「あら貴女、水島のことが好きだったの?」
「……妬きましたか? 妬いちゃいましたか? ふっふーん。いいですよ。今日から私とサナエさんは恋敵という事でよろし――へぶっ!」
勝手に話を進める女神の顔に思いっ切りお湯を引っ掛けた私。
この子に本当に恋愛感情が存在するのかどうかは知らないが、水島に想いを寄せるなんてことは恐らく無いだろう。
ふざけて言っているのだ。
顔を見ればすぐに分かる。
「何をするんですかぁ! いまめっちゃ口の中にお湯が――ぶぶっ!」
今度は水鉄砲を喰らわせる私。
こういうの得意なんだから。
「ちょ、やめ……! 今度は鼻に……ふがっ! いまツーンと来ましたぁ! やめて! 降参! 降参しますからぁ!!」
慌てて湯船の中を逃げ出す女神。
執拗に何度も水鉄砲を喰らわせる私。
なんだか凄く懐かしい。
庵達と4人で市営のプールに行くときは、毎回こんな感じでふざけ合っていた。
私と庵が水鉄砲合戦をして。
堀沢が二人の浮き輪の空気を抜いて悪戯して。
それを見て玲子がお腹を抱えて笑っていて――。
「もう! 私本気で怒りますよぅ! 女神だって怒れば悪魔にでも鬼にでも成り下がりますからねぇ!」
湯船から上がった女神は仁王立ちをしながら宣言する。
まるで子供だ。
私も含めて。
「何を笑っているのですかぁ! そこまで馬鹿にされたとあっちゃぁ、女神の名が廃るってぇモンです! べらぼうめぇ!」
「はいはい。降参、降参。もう出ましょう」
「ちょ……! 話はまだ終わっていませんよぅ!」
湯船から出た私はそのまま女神をスルーし脱衣所へと向かう。
喚きながら付いて来る女神。
ごめんごめんと平謝りをする私。
外で待っている水島にも声は聞こえているだろう。
一体何をしているんだと頭を抱えているのかも知れない。
「ふふ……」
「あああ! その笑い! まだ私を馬鹿にしているのですねぇ!」
身体を拭きながらも女神はまだ突っかかって来る。
あとで何かデザートでも奢ってあげよう。
そうすればすぐに大人しくなるはずだから。
喚く女神の髪をバスタオルで拭いてやる。
この国は日中は非常に暑いが、夜は打って変わって冷え込む地域なのだ。
しっかりと乾かさないと風邪を引いてしまうかもしれない。
(しばらくはこの国に滞在することになりそうだし、体調管理も徹底しないと駄目ね……)
身体が慣れるまでどのくらいの期間を有するのだろうか。
食生活なども変えなくてはならないだろうし、早めに健康プランを立てておくに越したことはない。
いざという時に身体が思うように動かなければ元も子もないのだ。
睡眠もしっかりとって、心身ともに健康を維持しなくてはならない。
(……結構逞しくなったのかしら、私……)
いつまでも塞ぎ込んでいても何も解決はしない。
今は自分の出来ることを、一つ一つこなして行くだけ――。
迷いを断ち切る様に、私はそう心に強く願った。




