ALC0385⇔明らかな殺意
明くる日の朝。
雨の音と共に目覚めた私は水島らと共に城門近辺の宿へと移動。
既に宿のオーナーとは話がついていたのだろう。
最上階の城門が一望できる部屋へと案内される。
「悪いなオーナー」
水島が金をオーナーに手渡す。
嬉しそうに金を受け取ったオーナーはそそくさと部屋を後にする。
「うっひょー! こんな豪勢な部屋を一時でも借りれるなんて! 贅沢ですわねぇ……!」
急に口調が変わりはしゃぎだす女神。
部屋に設置された高価そうなカップを手に取りまじまじと眺めている。
「情報ではあと一時間ほどで、庵が街を巡回する為に部下を引き連れ出てくる筈だ」
タバコに火を着けながら水島が答える。
私は「そう」と軽く返事をし、窓際の席へと座る。
窓の外を眺めると人気の無い城門がしっかりと確認出来る。
あの上部が観察室になっていて人の往来をチェックしているのだろう。
その更に上階にあるのが軍の駐屯地だ。
街を囲うようにして立てられている城門自体が要塞の役割をしている要塞都市ラインセル。
軍本部が街の最前線に位置しているからこそ、襲撃にも即座に対応し街を守ることが出来る。
(庵……)
あの城壁の中に、庵がいる。
彼は何を想い、国のトップにまで登り詰めたのだろう。
帝王自ら感染源と疑われし地域に足を運び。
こんな早朝から部下を引き連れて街を巡回する。
彼が今でも、私の良く知る庵だったのならば――。
(きっと街の人間を救おうとしているんだわ……)
正義感の強い熱血漢。
庵を一言で表すのならばそうとしか言い様がない。
考えれば考えるほど、庵と直接会話を交わしたい衝動に駆られてしまう。
「……」
視線を感じ振り向くと、水島がタバコの煙を吹かしながら無言でこちらを見つめていた。
私はつい目を逸らし、窓の外へと視線を戻してしまう。
「……なんですか。今の、その、『目が合っちゃった……。きゃっ』みたいな仕草ぐぇぇぇ!」
ちょうど私の横に立った女神が戯言を抜かそうとした瞬間に首を絞める。
手足をバタつかせ「ギブ! ギブギブ!」と呻く女神。
「何か言ったかしら。聞こえなかったわ」
「嘘を……吐かないで……下さいよぅ……! ていうか……じぬ……」
青ざめた表情でそう言う女神を解放し、溜息を吐く。
最近の女神は私と水島の仲を勘違いしているらしい。
今度時間を取ってしっかりと説明しなくては。
説明した所で理解してくれるとは限らないが。
「俺は少し仮眠するぞ。庵が城門から出てきたのを確認したら起こせ。そのまま街を出てユーフェリウス共和国へと向かう」
そう答えた水島はタバコを灰皿へと押しつけ、ベッドへと横になる。
それから庵が出てくるまでの約1時間。
私は一人遊びを始めた女神を尻目に城門を監視することになった。
◇◆◇◆
(来た……!)
監視を始めておよそ1時間。
情報どおりの時間に街の巡回へと城門横にある扉から出てきた庵とその部下達。
彼らの周囲は球円状の青い膜のようなもので覆われていた。
恐らく雨避けの魔法かなにかなのだろう。
神妙な面持ちで部下と話をしている庵。
(はは、ちょっと痩せたかな……。あんなに険しい顔をして……。似合ってないのに……)
急に懐かしくなった私はつい涙を流しそうになり堪える。
泣いてばかりでは駄目だ。
いつかきっとあの頃に戻る事が出来る。
それを信じて、今は前を向いて進むだけ――。
「水島。庵の姿を確認したわ。起きて頂戴」
私の言葉で身を起こす水島。
恐らくずっと起きていたのだろう。
それだけ私の事が信頼出来ないということなのだろうが。
「少し時間をずらすぞ。庵の軍が城門から離れた隙にこの街を出る。それまでは見付からない様にそこで監視していろ」
「ええ」
ここからは庵達からは死角になっているので、余程のことが無ければ監視が見付かることは無い。
しかし相手はレッドラグーン帝国の帝王なのだ。
注意に注意を重ねておいて損は無い。
少し身を潜め、間隔を空けて監視することにする。
「ほえぇ……。あの方がサナエさんの旧友さんですかぁ……。イケメンさんですねぇ……」
同じ格好で身を乗り出しながら監視をする女神。
イケメン……。
確かに他人から見ればそう映るのかも知れない。
付き合いの長い私からしたら、そういった感覚は鈍ってしまっているのだが。
「もしかしたら、ちょっと運命の歯車がずれていたとしたら、サナエさんではなくて庵さんがオフラインの世界に飛ばされていたのかも知れないですよねぇ」
「え?」
急にとんでもない話を振って来る女神。
庵がオフラインに?
ということは、もしかしたらあの時、私がオンラインに渡っていた可能性が――?
「だってそうでしょう? ほぼ同じ時間帯にオフラインの世界に飛ばされてきたって仰ってたじゃないですかぁ。だったら庵さんだけではなく、堀沢さんとか玲子さん? 彼らがサナエさんの代わりとなっていた可能性だってあるのではないのでしょうかね。良く分からないですけれど……」
「……」
確かに女神の言う通りだ。
あの時、カラオケボックスで気を失った順番が行き先の決め手だったとしたならば。
最後まで気を失わずにいたのが私ではなく、別の誰かだったとしたら――。
「ねぇ、貴女。あの世界の女神だった貴女なら、オフラインとオンラインに飛ばされる『条件』の様なものとか、何か分からないの?」
「……それを知っていたらさっさと私はオフラインの世界に戻っていますよぅ」
「……そうだったわね」
彼女は恐らく何も知らない。
オフラインに渡ったユーザーに対して、チュートリアルを行う存在でしかないのだ。
(……もしも私がオンラインの世界に先に渡っていたとしたら……)
その時、私はどうしていただろう。
右も左も分からないまま、ただただ死に怯えていただけの様な気がする。
心は荒み、誰も信じる事も出来ず。
怯えて暮らすだけの毎日だったのかも知れない。
「お、もうそろそろ良いんじゃないですかね」
思考している私に女神が窓の外を見るように合図をする。
庵達一行は城門から離れ、中央にある大通りの角を曲がっていった所だ。
「水島。庵達が行ったわ。ありがとう、満足したわ。もう行きましょう」
立ち上がり水島に声を掛ける。
何も言わずに水島は立ち上がり、出発の為の準備をする。
「さあて! 新しい国ですねぇ……! 今度はどんな美味しい食べ物に出逢えるのでしょうかねぇ……!」
女神の言葉に苦笑しながらも、私たちは宿を後にした。
◇◆◇◆
辺りを確認する。
城門前には人気は無い。
私達3人は隠れる様にしながら城門を目指す。
雨足は強まる一方だ。
雨避けの錬金アイテムの用意はあったが、こちらの位置をわざわざ相手に知らせるようなものだ。
私たちはそのままフードを被り、雨の中を早足で進む。
「ちっ……! おい久慈原早苗! 一旦引き返すぞ!」
「え――」
城門近くまで近付いた瞬間、最前列を歩いていた水島が振り向き声を掛ける。
突然の行動に一瞬停止してしまう私と女神。
そして人の気配に気付き、後ろを振り向いてしまう。
そこにいた紅い鎧の軍団――。
「あ……」
その瞬間、突風が私達を襲う。
そして被っていたフードが捲れ、姿を晒してしまう。
「……久慈……原……?」
軍団の最前列にいた金髪の男。
庵京一郎が、私の存在に気付く。
「庵……」
ついそう答えてしまった私。
庵だ。
目の前にいるのは、紛れもなく庵京一郎だ。
ずっと、逢いたかった。
逢って、話したいことがいっぱいあって。
1年半も探し続けたんだよ。
「おい! 貴様等! そこで何をこそこそしていた!」
兵士の一人が声を荒げる。
それを右手で制する庵。
「本当に久慈原か? お前、無事だったん――」
庵が私に一歩踏み出した瞬間。
水島が間に入り、庵を凄い形相で睨みつける。
「お前は……水島! どうしてお前が久慈原と……!」
そういえば庵は水島と顔なじみだったのか。
同じ大学だから当然か。
ならば話し合えばきっと――。
「くそ……! ついてねぇなまったくよ……! 久慈原! 目を瞑れ!」
「え?」
返事を待たずしてアイテムウインドウを開く水島。
あれは――。
「――《転送》! 科学都市デスベル!」
「なっ――」
途端に私達3人を照らし出す光。
右手を伸ばした庵をすり抜け、私達は――。
「――ちょっと! どうしていきなり転移アイテムなんか……」
移動した先はどこかの都市のようだ。
先程とは打って変わり空は晴天そのものだ。
「うるさい! 追っ手が来る前にもう一度だ! 《転送》! 辺境区キャニオン!」
「あうぅ……。目が……目がぐるぐるぐる……」
再び転移アイテムを使用する水島。
もう何が何だか分からない。
眩い光が私達を包み込む。
「――ふぅ……。くそ! 一気に六つも消費させやがって……!」
地べたに座り、胡坐をかきながら悪態を吐く水島。
突然二度も転移アイテムを使用され、立ち眩む私と女神。
「……ちゃんと説明して」
頭を抑えながら同じく地べたへと座る私。
女神にいたっては完全に伸びてしまっている。
「説明もクソもあるか。転移アイテムは行き先を告げないと飛べないんだ。一度しか使わなかったら、行き先を聞いた庵にすぐに追いつかれてしまうだろう」
「あ……」
そうか。
だから瞬時に移動先で転移アイテムを再度使用し、庵達に聞かれる前に別の場所に移動する必要があったのだ。
そうまでして、庵から逃げる理由――。
それは聞くまでもなく、彼がこの世界の『デスゲーム』の元凶だから――。
「もう庵は気付いただろう。商業都市フィガロの回復薬の流通。要塞都市での回復薬の密売。同じ薬学部出身のお前の存在で、全てが一つに繋がった筈だ」
「そんな……。でも、私が生きていたからって、そこまで大事にはならないんじゃ……」
頭を掻き毟りながら話す水島にそう答える私。
「お前は阿呆か? 堀沢や河合までもが一国の主となったんだぞ? やつらが最も恐れているのはお前の存在だ。庵のあの顔を見ただろう? あれはお前が生きていて驚いただけの顔じゃなかった。確実に『殺意』がそこに存在していた」
「……」
水島が身を挺して間に割って入ったのは、きっとそういう事なのだろう。
私の視界にもしっかりと映っていた。
庵が私に声を掛けた瞬間、彼は腰に下げていた剣の柄に手を掛けていた所を――。
見間違いではない。
彼の目は、確かに『殺意』を放っていたのだから――。




