表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/167

ALC0035⇔僅かな希望

「お? 今日は少し顔色が良いですねぇ」


 朝食の用意を終えた女神が嬉しそうに話しかけて来る。

 私は軽く微笑み、用意された朝食に箸をつける。


 オンラインの世界に渡ってからちょうど二週間。

 少しずつだが食事を摂り始めた私。

 しかし、生きる希望が湧いた訳ではない。

 少しだけ。

 そう、少しだけ、水島の提案に乗ろうと思っただけ。


「でもそろそろお外にお散歩とか行かないと、足腰が弱っちゃいますよぅ」


「……そうね」


 女神の心配そうな声に同調する。

 ようやく食事が摂れるようにはなったが、この借家に住んでからというもの、全く外には出ていない。

 商業都市ガイアの街外れにある小さな一軒家だが、外の景色を眺めようなどとは考えもしなかったし。


「水島は?」


「今朝も早くから出掛けましたよ。どうせまた詐欺でも働いているんじゃないですかねぇ」


「そう……」


 予想通りの返答に生返事をする。

 オンラインの世界でも、生活していくにはお金が必要になる。

 いまこうやって用意された食事も、水島がどこからか稼いできたGで材料を調達して来たのだろう。

 お金を持たされた女神が買出しに行く姿も、今まで何度も目撃している。


「お散歩に行かれるのでしたら、私も一緒に行きますよ」


「大丈夫。ちょっと家の回りを軽く歩くだけだから」


 食事を終え、立ち上がろうとする私に声を掛ける女神。

 申し出を断った私は、覚束ない足取りで玄関へと向かう。


「転ばないで下さいよぅ!」


 玄関の戸を閉めようとした所で屋内から女神の心配そうな声が聞こえて来る。

 苦笑した私は小さな声で「大丈夫」とだけ伝える。


 二週間ぶりの外の空気。

 少しだけ、ほんの少しだけ。

 今、自分が生きているのだと実感する。

 空を仰ぎ見ると、雲ひとつ無い晴天を拝むことが出来る。

 遠くの方で鳥のさえずりが聞こえて来る。

 商業都市なのに、イメージしていた風景とは少し違うことに気付く。

 そうか。

 少し街から離れているからだ。

 どうりで普段家にいても静かだったわけだ。


 家の周囲をゆっくりと回る。

 まるで田舎の実家のような古い一軒家。

 ちょっと奥まった場所にあるのは畑だろうか?

 そこに人影を発見し、多少緊張する私。


(あれは……水島?)


 こちらに背を向けている水島は、作物に水をあげている様だった。

 私は何ともなしに畑に向かって行く。

 土の匂いが鼻腔いっぱいに広がる。

 少し湿った土壌からは特徴的な形をした実を付けた緑色の植物が一面に生えている。

 これは――。


「よう、珍しいな。家から出るなんて」


 水島が私に気付き声を掛けて来る。

 しかし私の表情に気付いたのか、水島はニヤリと笑みを零す。


「これか? 流石に気付くか」


 水島はアイテムウインドウを開き、一つの素材アイテムを投げ渡す。

 それを受け取った私は名称を見た瞬間に溜息を吐く。

 アイテム名は《塵芥の子種》。

 私の予想が正しければ――。


「ああ、そうだ。これは芥子ケシの種だ」


 芥子ケシ……。

 昔、図鑑で見たことがあった。

 この特徴的な丸みを帯びた実。

 芥子の実を原材料としたそれは――。


「……阿片アヘンね。貴方……麻薬を・・・栽培して・・・・……」


 彼ならやりかねないと思った。

 まともな仕事をやるはずが無いと。

 そして混沌としたこのオンラインの世界で、人々が何を求めてしまうのかを――。


「そうだ、久慈原早苗。お前が今、考えたとおりだ。この世界は今、病んでいるんだよ。人々が麻薬に手を染めるのも別段不思議な事ではない」


 悪ぶれた素振りを見せることもなく、水島はそう言ってのける。

 需要と供給。

 まるでそうすることが当たり前のような言い草。


「……本当、クズなのね。貴方って……」


 吐いて捨てる様にそう告げる私。

 ヤレヤレといった表情で返す水島。


「今更そんなことを言うのか? 始めから分かっていたことだろう」


「……そうね」


 彼の言う言葉に同調する。

 そして私は今、彼を責め立てられる立場にはいないことも承知している。

 彼が麻薬を売買して稼いできたお金で、私は今、生かされているのだから。


「これからは、私がお金を稼ぐわ。だからもう、こういうのはやめて」


「お前が? もう錬金術は使えないのだろう? どうやって金を稼ぐ? 身体でも売る気か?」


 鼻で笑いながらそういう水島。

 目が笑っていない所をみると、本気で言っているのでは無いのだろう。


「茶化さないで。貴方、改造コードはどこまで使えるの?」


「……何を考えている、久慈原早苗」


 目の色が変わる水島。

 私はさして気にもせずに続ける。


「別に何も。貴方、前に言っていたわよね。この世界で改造コードは一部しか使えないって。ならその『一部』の中に現在の職業を・・・・・・変更できるコード・・・・・・・・は存在するのかしら」


 私の考えが正しければ――。


「……ああ。それならば可能だ。しかし、どういった風の吹き回しだ?」


「いいから。貴方の今の職業は『話術士トーカー』だったわよね? ならばすぐに『錬金術師アルケミスト』に職業を変えて頂戴」


「……いいだろう」


 そう答えた水島はウインドウを開く。

 そして何やら暗号コードを記入し、見たこともない別のウインドウを開き始めた。


「《コード0000989》。《職業変更》」


 眩い光が水島を覆う。

 光が止み、目を凝らしても、彼の姿に変化は見られない。

 職業の変更は外見には影響しないのだろうか。


錬金術師アルケミストに変更したぞ。ここからどうする?」


「ありがとう。じゃあ、説明するわ。私は一人では錬金術を使うことの出来ない【SUB】という特異体質になってしまったのだけれど、共同錬金ならばその影響は受けないの」


 オフラインの世界で【SUB】の錬金術師として半年間生活をしてきた私。

 当然、この特異体質を克服する方法を学んで来ている。


「……なるほどな。つまりは、俺が錬金術を使い、お前が補佐に回ると、そういうことだな? 久慈原早苗 」


「ええ。私のステータスはオフラインから引き継がれているから、恐らくLUCの数値も生かされる筈。共同錬金ならば【SUB】の効果は発現されないから、どんな錬金でもほぼ100%で成功する筈よ」


 今の私のLUCの数値は5万を超えている。

 錬金成功率に強く関わるLUCの数値がここまで高ければ、失敗する可能性はごくごく僅かだ。

 残る問題は錬金素材集めの方だが――。


「他に貴方が使える改造コードは?」


「くく、急に元気を取り戻してきたみたいだな。世界を変える気になったか」


「いいから教えて」


 私の変化に嬉しそうに笑う水島。

 別に世界を変える気など毛頭無い。

 ただ、真実を知りたいだけ。

 庵達に何が起こったのか――。


「全てを教える訳にはいかない。だが、お前が知りたいのは何のコードなのかは予測出来る」


 一旦そこで区切った水島。

 喋り方がいちいち仰々しいが、気にしていても仕方がない。


素材アイテム・・・・・・無限増殖コード・・・・・・・。一つでも素材を入手できれば、最大所持数の99まで増やすことは出来るぞ。素材アイテム自体は全く金にならないから、今まで使うことなど無かったがな」


「やっぱり……」


 ならば錬金素材も一つ手に入れさえすれば、彼の改造コードで幾らでも増やすことが出来る。

 これで素材集めに時間をかけることは無くなった。


「作成アイテムは改造コードは使えないのね? あくまで素材アイテムのみって事かしら」


「それが出来たら阿片など栽培しないだろう。このオンラインの世界で回復アイテムがどれだけ高値で取引されていると思っているんだ? 錬金術の才能があるプレイヤーは億万長者だぞ? 次に金持ちなのは治癒士ヒーラーだがな」


 溜息を吐きながらそういう水島。


「もしかして、こっちの世界では少ないの? 錬金術師アルケミスト治癒士ヒーラーって」


 一つの疑問をぶつける私。

 確かに一般の職業に比べて人気の無さそうな職業ではあるけれど……。


「いや、そうではない。この世界の情勢が狂い始めてから、優先的に・・・・抹殺される様に・・・・・・・なったのさ・・・・・。恐らくはデスゲームを加速させる為の処置なんだろうがな」


「……もしかして、それで私をあの家に匿って……」


 隠れる様に、街外れの借家に住まわされていた理由がようやく分かった。

 私自身、心を病んでいた為に表に出ることなど無かったのだが。

 恐らくあの家の借り手も、騙した元家主の登録のままになっているのだろう。

 私が【SUB】の称号を持っていたとしても、手放さなかった理由はこれなのかもしれない。


「でも、それだったら貴方が錬金術師アルケミストになんかなったら……」 


「おいおい、俺は詐欺師だぜ? 他人の目の見える場所で錬金術師アルケミストの称号を付けたままにする筈がないだろう?」


 くく、と笑いながらそういう水島。

 確かに彼ならば、改造コードを使い、必要な時だけ錬金術師アルケミストにクラスチェンジすることが出来る。

 問題は私――。


「確かにお前は狙われる可能性が高い。だが、【SUB】であることも事実だ。今までどおり目立たないに越したことは無いが、万が一ばれたとしても錬金術の使えない錬金術師とみなされて、放置されるだろうな」


 私の表情から言わんとしていることを読み取った水島。

 しかし、これからもあの借家で隠れて生活していくことは必須だろう。

 水島とともにコードにより無限に増やした錬金素材を使い、共同錬金により錬金アイテムを作成する。

 それを水島が売り捌き、資金を稼いでいく。

 当面はこの方法しか無いだろう。


「くく、あの女神とかいうチュートリアルシステムにも働いてもらうか。NPCのマークが常に提示されている奴だったら、他のログインプレイヤー達も警戒はしないだろう。何処か別の空き家を借りて、錬金アイテムの販売業でも始めるか。ふっ、楽しくなりそうだな」


 全く楽しそうな素振りでは無いが、水島の言葉に頷く私。

 ちょうど話も終わった頃に借家の方から女神が手を振って近付いて来るのが見える。

 大きな空の買い物袋を振っている姿から察するに、これから街に買い物に行くというジェスチャーなのだろう。

 私は軽く手を挙げ、女神に返事をする。


(当面の目標は立った……。あとは……)


 少しだけ、道筋が立ったように思う。

 

 制限された改造コードを使う詐欺師。

 能力を失った女神。

 そして欠陥品の烙印を押された錬金術師――。


 このはみ出し者とも言える3人で、この呪われた世界を生き抜いて行く――。



 今はただ、そう考えることしか出来なかった。


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=670025474&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ