ALC0000⇔私に説明書をください
不思議な空間に浮いていた私は、次の瞬間には賑やかな街並みが続く異世界へと飛ばされていた。
まず最初に目に映ったのは、とてつもなく巨大な時計台だ。
視界の前方にそびえ立つそれは圧巻としか言いようが無かった。
時計に刻まれている文字は今までに見たことも無いような文字だったが、何故か頭の中できちんとした数字に置き換えられている。
――大丈夫。現実世界にある時計と同じ感覚で理解ができているようだ。
周辺を見回してみる。
まるで天にまで届くかという大掛かりな噴水もあれば、はたまた物語にでも出てきそうな立派なお城のようなものも遠くに見える。
ここは城下町かなにかだろうか。
道行く人々の数を考えると、恐らくそうなのだろうと予想できる。
ふと足元に視線を向けると、これまた見たこともない異界の文字がびっしりと描き出された魔法陣のようなものが確認できる。
恐らく私はこの魔法陣で異世界に召喚されたのだろう。
――ということは、ここが『始まりの街』というわけか。
「……で、だ。庵達はどこにいるん」
街の人間は大勢いるのだが肝心の庵達の姿が先ほどから全く見えない。
……まさかこの私を置いて、すでに街の外に向かってモンスター狩りなんかを勤しんでいるのだろうか。
だとしたら許せん! 三人まとめて電気アンマの刑に決定!
「……ええと、テンプレ的にはちょっとばかし序盤を楽しんで『ウェーイ!』とかやってると、突如空が暗黒に染まって悪の化身のGMが現れて『デスゲーム開始デス』とか言い始めると思うんだけど……」
うーん……。とりあえずまあ、それまでは時間がありそうだから庵達でも探しに行こうかな……。
……いや、その前にステータスとか装備とかの確認が先だよね。危ない危ない。
どうせあいつらの事だから、また私を驚かせようとして、どこかに隠れて監視してるのかもしれないし……。
残念だったな阿呆ども。その手には乗らないっつの。
一旦深呼吸をした私は、あちこち触りながらウインドウを開くためのボタンが無いかを探す。
最初の初期設定でこれっぽっちもゲームの説明とかをしてくれなかったから、こういうのも自分で探さないといけないのよ。マジ何なの、このゲーム。
……そもそもあの初期設定って、なにか意味があったのかすら謎なんだけど。
しばらく私は空間を触ったりジャンプしたり指を鳴らしてみたりタップを踊ってみたりと試してたら、ようやく目の前の空間にウインドウが出現しました。
もう息が切れてます。十代の頃のピチピチの私はどこ行った。
……ええと、たぶんこれだよね。
人差し指で空間を二回叩いたらウインドウが出現しました。
タップだったら呼吸困難で死んでたわ……。大変過ぎて毎回出来ないからな、それじゃ……。
薄い半透明な緑色で示されたウインドウから、私は『status』と『equip』の選択肢を発見する。
試しにそれらを順番に、人差し指で一回だけ押してみます。
すると、すぐ横に別のウインドウが開きました。意外に快適。
それに前に開いたウインドウは消えずにそのまま残っているから、操作的にはパソコンと一緒だねこれ。
私はずらっと横に並んだステータスと装備のウインドウを眺め唸ります。
「うーん……? なんか初期設定の時には無かったステータスがいくつかあるじゃん……。どういうこと?」
初期設定の際のステータス項目は『HP/SP/MP/STR/VIT/DEX/AGI/INT/HIT/LUC』の十種類だったはず。
なのに今ステータスを見てみると『ATK』『DEF』『MAT』『MDE』『MED』『ALC』の六項目も追加されている。
「むむむ……。あー、でも何となく分るかも……」
『ATK』は攻撃力ってことで、『DEF』は防御力か。
右側にある装備のウインドウを確認すると、確かに武器も防具も装備しているのが分かる。
多分これは攻撃ならば『STR』の値と武器の値の合計値、防御ならば『VIT』の値と防具の値の合計値が『ATK』と『DEF』なのだと予想できますね。合っているかは分からないけど。
そうなると『MAT』と『MDE』は魔法攻撃力と魔法防御力という意味なのだろう。
私は初期設定でボーナスポイントを『INT』に極振りしちゃったから『INT』の数値がめちゃくちゃ高いから、多分それに比例して両方の数値が高くなっちゃったのかもしれないね。確証はないけど。
「後はこの『MED』と『ALC』か……。ていうか何なの、この『MED 1000』っていうのは……」
この数値だけ異様に高いし。てか1000って何? 普通ステータスは99か999までとかじゃないの?
えー何だろう……。もしかしたら極振りした『INT』の数値とかも関連があるのかな……。
そしてラストの『ALC』。
……どうして0なの? 全く意味わからん。
「くっそ、全然分からん……! やっぱり説明書を読まないと表記の意味なんて分かるわけがないのよ! だから私はトリセツを読まずにゲームを始めるのが嫌なのに……! だーもう、イライラする!!」
その場で叫び散らし、頭を掻きむしる私。
しかし、ふと視線を自身に移すと明らかな異変に気付きます。
ていうかどうして今まで気付かなかったのこれ……。
「……。なにこのフリフリなメルヘンチックな服……」
私はそのまま右側の空間に表示されたままの『装備』のウインドウを眺める。
『錬金術師の服』……。『錬金術師のスカート』……。こいつか、犯人は。
錬金術師とはこんなにも恥ずかしい……いや、一歩間違えればロリっぽい……いやいや、一歩間違えなくてもすでに恥ずかしいロリータ服を装備するような職業なのだろうか。
……あの、私、来年には二十五歳にもなる、薬学部を今年卒業するはずのアラサーを目前に控えた薬剤師の卵なのですけれど。
「……もしかして庵達もこんな格好で、異世界に転送されてるとか?」
だとしたらかなりウケる。すでに腹筋が崩壊しそう。
でもさすがに男子と女子とでは服装が変わるだろうけれど、それでも玲子がこの服を着ていたらかなりヤバい。
出来ればこの服を着たまま、現実の世界でイタリアに行って欲しい。
新人デザイナーがロリータ服でデビュー……。あかん、笑い過ぎてお腹痛くなってきた……。
「靴は……まあまあかな。後はこの両手の腕輪みたいなのと……。げっ、何コレ『薬学全書』って……」
私は腰に装着している鞄をあさり、中から分厚い辞書みたいな物を取り出した。
これか……。さっきからめちゃくちゃ重かったのって……。
一体これ何ページあるのよ……。無駄に分厚すぎるだろ……。
「うっげぇ……。これ、ただの薬学部で使うような参考書じゃない……。しかも1000ページって……」
現実の世界で、最も私が忌み嫌うもの――薬学の参考書。
それがどうして初期装備として異世界に存在するのか……。嫌がらせ?
「はぁ……まあいいわ。とりあえずこれで全部かな。アイテム欄も空、お金も空。やっぱモンスターとか倒して、アイテムやお金を貯めないと駄目なのかしら」
そういえばオープニングで何やら重厚なストーリーがあるような語り口で文章が流れてたよね。
あまりにも初期設定がいい加減すぎたから、頭に来て全然読んでなかったけど。
「うーん、どうしよう……。このゲームの『目的』がさっぱり分らないんだけど……。庵達はこのゲームをやったことがあるから、ストーリーとかもある程度は把握しているんだろうけれど……」
……うん。やっぱ一人では滅茶苦茶不安だ。庵達を探して合流するしか方法が無い。
グズグズしていると『ふわーっはっは!』って空から聞こえてきそうだから余計に怖いし。
さすがにこの状況でいきなりデスゲームが始まったら生き残れないだろうし、私。
「だあぁ、もう! 一体どこに行ったのよ! 金髪! メガネ! 猛禽類っ!!」
そんな私の叫び声が街中に木霊しました。
2021.11.21改稿




