対外的な彼女
私は今、おそらく人生で一番怒っている。
早朝の暇そうなファミレスの角の席で、眉間に深い皺を寄せ、腕をくみながら。目の前にあたかも自分が正しいような顔をして座っている奴の顔を睨みつける。
「ねぇ。どうゆうことかちゃんと説明してくんない?」
悔しくて語尾が震えた。決して、悲しみからくる震えなんかじゃない。決して。
奴は私の彼氏だ。いや、今となってはもう、彼氏だったと言った方がいいのかもしれない。
店員もただならぬ様子を感じとってか、チラチラと私達の方に視線をよこしていた。
「あんたたち、何か言えないわけ!?」
「言いたいことは、もう全て話したつもりだ」
奴が言う。淡々と。
「…美紗は、対外的な彼女だった」
「そんな説明で、私が納得すると思うの!?ふざけないでよ!」
奴の隣にちょこんと腰かけるカワイイコが、私の怒声にビクリと体を震わせた。小柄で華奢な体、うるんだ瞳、色素の薄いサラサラの髪。奴の理想の恋人、らしい。
まるで私が悪者みたいだ。
「……いつから?」
「始めから」
始めって?出会った時から?
何よ、それって。
「私に対して恋愛感情を持ったことは、一度もないってこと?」
「美紗の事は、ちゃんと好きだった」
「じゃあなんで……!」
「……ごめん」
私達、それなりに幸せだったと思うのは私だけ?上手くいってた。私が、真実に気付いてしまうまでは。
彼のカミングアウトを聞くまでは。
「そんなに、そのコがいいの?」
「碧は、特別なんだ。美紗との事も、話して理解して貰ってた」
「何も知らないのは私だけってわけね」
いろいろな事が頭の中を駆け巡り過ぎて、何を言っていいか分からなくなる。ごちゃごちゃしすぎて、訳が分からないのに、別れを告げられた事実だけはやけに明白に分かった。
「私達、付き合って6ヶ月だっけ?」
「5ヶ月と半月」
「細かいのよ。私、あんたのそのチマチマした所が大嫌いだった」
「そう」
なんでそれほど冷静なのか。隣にぴったりと寄り添う恋人がいるからか。
なんだか突然泣きたくなった。こんな冷たくて変態な奴の為に、涙なんか流す意味がない。
「話は、終わりだ。本当に、美紗には悪いことをしたと思ってる」
とうとう涙が溢れてしまった。一度破裂したダムは塞き止められない。次から、次へと。
「ごめん」
奴は頭を下げ、立ち上がった。終始黙りこんでいた"碧"という恋人も、急いで席を立つ。
「あの」
立ち去る間際、カワイイコは不安げにこう言った。
「今後一切、一彰さんに関わらないで下さい。本当は、彼女がいる事自体すごく嫌だったんで」
私は流れる涙もそのままに、そのコを見上げた。可愛い顔が、凄く醜悪に見えた。
「一彰さんの恋人は、僕だけですから」
小走りに奴の元へ駆けて行くその人を眺めながら、私はぼぉっと考えた。
私は、負けたのだと。
ただ負けるなら諦めがつく。素直にただ悲しかったかもしれない。
相手が、綺麗な顔をした少年なんかじゃなかったら。
私はカムフラージュだったと、対外的な彼女だと、奴は言った。
私は、男に負けたのだ。
ジャンル…恋愛でいいんだろうか。ん〜、微妙だなぁ…