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マドンナが壊れる音を、私は聞いてしまった

文化祭準備が本格化するにつれて、

朝倉凪は、ますます“完璧”になっていった。

誰よりも早く教室に来て、

誰よりも遅くまで残って、

全体を見渡し、調整し、まとめ上げる。

笑顔。

丁寧な言葉遣い。

誰に対しても平等な距離。

――まるで、理想の誰かを演じているみたいに。

私は、そんな凪を近くで見ながら、

胸の奥に、小さな不安を溜め込んでいた。

「咲、これお願いできる?」

「うん」

頼られるのは、嬉しい。

でも、それと同時に思ってしまう。

(……凪は、自分のこと、後回しにしすぎてる)

放課後。

クラスメイトが少しずつ帰り、教室が静かになっていく。

「咲、残れる?」

凪にそう言われて、

私は何も考えずにうなずいた。

二人きりの教室。

夕日が、床をオレンジ色に染めている。

「ありがとう」

凪はそう言ってから、少し間を置いた。

「……ねえ」

その声は、いつもより低くて、

少しだけ震えていた。

「私、ちゃんとできてるかな」

その一言で、

胸が締めつけられる。

「ちゃんと、って?」

凪は、答えなかった。

代わりに、椅子に腰を下ろし、両手を膝の上で握りしめる。

「文化祭ってさ」

ぽつり、と言葉を落とす。

「みんなが楽しそうで、

笑ってて、

“今”を生きてる感じがするでしょ」

私は、黙ってうなずいた。

「でもね……」

凪は、視線を落とす。

「私は、いつも怖いの」

「怖い……?」

「失敗したらどうしよう、とかじゃない」

息を吸って、吐く。

まるで、自分に言い聞かせるみたいに。

「“朝倉凪”じゃなくなったら、

誰も見てくれなくなるんじゃないかって」

その言葉は、

静かだけど、重かった。

「前の学校でね」

凪は、ようやく顔を上げた。

「私、一度……期待を裏切ったの」

その瞬間、

凪の笑顔が、完全に消えた。

「成績も、人間関係も、

全部“できて当たり前”って言われてた」

「少し躓いただけで、

周りの目が、急に変わった」

声が、かすれる。

「優しかった人たちが、

距離を取るようになって……

居場所が、なくなった」

私は、息をするのも忘れていた。

「だから、ここに来たの」

凪は、苦笑いする。

「新しい場所なら、

また“完璧な朝倉凪”をやり直せると思った」

その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥で、何かが音を立てて壊れた。

「……凪」

気づいたら、私は立ち上がっていた。

「凪は、凪だよ」

思っていたよりも、強い声が出た。

「完璧じゃなくても、

失敗しても、

それでも……」

言葉が詰まる。

「それでも、私は凪のそばにいたい」

凪の目が、大きく見開かれる。

「……咲」

名前を呼ばれるだけで、

胸が熱くなる。

そのとき。

教室のドアが、わずかに軋んだ。

振り向くと、

そこに立っていたのは――齋藤えみるだった。

「……ごめん」

えみるは、視線を伏せたまま言った。

「聞くつもり、なかった」

沈黙が落ちる。

凪の表情が、固まる。

「……葭葉さん」

えみるは、凪を見る。

「さっきの話……

私にも、少し分かる気がします」

その言葉に、凪が驚いたように顔を上げる。

「私もね」

えみるは、静かに続ける。

「“期待される役割”から逃げたことがある」

その視線が、私に向けられる。

「咲と喧嘩したあと、

引っ越したのも……

向き合うのが、怖かったから」

胸が、きゅっと縮む。

「でも、逃げたままじゃ、

何も変わらなかった」

えみるは、一歩下がった。

「だから、戻ってきた」

凪は、何も言えなかった。

しばらくして、

小さく息を吐く。

「……ありがとう」

その声は、震えていた。

「でも、今は……

少し、考えさせて」

えみるは、うなずき、教室を出ていった。

二人きりになる。

夕日が、完全に沈みかけている。

「咲」

凪が、私を見る。

「私、怖い」

その言葉は、

今までで一番、正直だった。

私は、何も言わず、

ただ凪の手を、そっと握った。

凪の手は、冷たくて、

少しだけ震えていた。

――この人は、

こんなにも、必死に立っていたんだ。

文化祭前夜。

マドンナの仮面に、

確かなひびが入った。

そして私は知ってしまった。

この想いはもう、

“憧れ”なんかじゃない。

次に来る日――

文化祭当日には、

きっと何かが、決定的に変わる

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