齋藤えみるは、何も言わずにそこに立っていた
その生徒の名前を、
私はまだ知らなかった。
ただ――
転校生が、私を見ていた。
三時間目の終わり。
先生に呼ばれて教室に入ってきた転校生は、
静かに一礼すると、教卓の横に立った。
「連絡事項を伝えに来ただけだ。すぐ終わる」
先生の言葉に、クラスの視線が集まる。
長いまつげ。
落ち着いた雰囲気。
どこか大人びた、でも懐かしい横顔。
……懐かしい?
(なんで、そんなこと思うんだろう)
その瞬間、
転校生の視線が、迷うことなく私に向けられた。
――合う。
視線が、完全に合った。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。
(……知ってる?)
そんなはず、ない。
でも、相手も驚いたように目を見開いていた。
ほんの一瞬。
それだけで、十分すぎた。
「……齋藤」
先生が名前を呼ぶ。
「職員室に戻っていいぞ」
「はい」
転校生――
齋藤えみるは、
私から視線を外さないまま、軽く会釈をした。
そして、静かに教室を出ていった。
ざわっと、空気が戻る。
「今の見た?」
「葭葉さんと目合ってなかった?」
「知り合いなの?」
私は、何も答えられなかった。
――放課後。
帰り支度をしていると、凪が声をかけてくる。
「咲、今日……元気なかった?」
「え?」
「授業中、ずっと考え事してた」
……やっぱり、凪はよく見ている。
「ちょっと、びっくりしただけ」
「転校生?」
私は、一瞬だけ迷ってから、うなずいた。
「……昔の友達、かもしれない」
凪はそれ以上、踏み込まなかった。
ただ、小さく「そっか」と言って、微笑む。
でも――
その目が、少しだけ揺れていたことに、私は気づいてしまった。




