言葉にしなかったから、伝わってしまった
夏の夕暮れは、
いつも少しだけ、残酷だ。
昼の熱を残したまま、
ゆっくりと夜へ向かっていく。
その中途半端な時間が、
気持ちを揺らす。
私は、
凪と並んで歩いていた。
昨日までと同じ道。
同じ景色。
同じ距離。
……なのに、
何かが決定的に違った。
(言葉が、重い)
何を話しても、
触れてしまいそうで。
「……今日、暑いね」
凪が、
何気ないふうに言う。
「うん」
それだけの返事なのに、
声が少し震えた。
凪は、
気づいたのか、気づかなかったのか。
しばらく沈黙が続く。
「ねえ、咲」
凪が、
立ち止まった。
私も、
足を止める。
「……私さ」
凪は、
夕焼けを背にしている。
逆光で、
表情はよく見えない。
「最近、
変だと思わない?」
「……思う」
正直に答えた。
「よかった」
凪は、
少しだけ笑った。
「私だけじゃ、
なかった」
その言葉に、
胸が跳ねる。
「変、
ってさ」
凪は、
自分の胸に手を当てる。
「咲といると、
心が忙しい」
「安心するのに、
落ち着かない」
「近くにいたいのに、
近づくのが怖い」
私は、
息をのむ。
(それ、全部……)
「ねえ」
凪が、
こちらを見る。
その目は、
逃げていなかった。
「咲は?」
問いかけは、
優しいのに、鋭い。
私は、
一瞬だけ目を伏せる。
(ここで言ったら、
全部変わる)
でも――
「……同じ」
凪の目が、
わずかに見開かれる。
「私も」
喉が、
少しだけ苦しい。
「凪といると、
安心する」
「でも」
言葉を選ぶ。
「……失いたくなくて、
怖い」
沈黙。
風が吹いて、
凪の髪が揺れる。
「……咲」
凪が、
一歩近づく。
距離が、
一気に縮まる。
「それってさ」
声が、
少しだけ低くなる。
「……どういう意味?」
胸が、
うるさくなる。
でも、
私は逃げなかった。
「凪が思ってる通りの、
意味」
その瞬間、
凪の呼吸が、
わずかに乱れた。
「……ずるい」
四回目。
「でも」
凪は、
小さく笑う。
「ありがとう」
「……なんで?」
「ちゃんと、
同じところに来てくれたから」
凪は、
そっと手を伸ばす。
触れるか、
触れないか。
その境界で、
指先が止まる。
私は、
何も言わなかった。
ただ、
その手に、
自分の手を近づける。
――触れた。
指先が、
ほんの一瞬。
でも、
確かに。
凪は、
びくっと肩を揺らした。
でも、
手を引かなかった。
「……咲」
名前を呼ばれる。
それだけで、
胸がいっぱいになる。
「今さ」
凪の声は、
震えていた。
「言葉にしたら、
戻れなくなる気がする」
「……うん」
「でも」
凪は、
指先に、少しだけ力を込める。
「戻りたくない」
その言葉に、
胸の奥が、
熱くなる。
私は、
そっと息を吸う。
「……私も」
それ以上、
何も言わなかった。
告白は、
なかった。
「好き」という言葉も、
「付き合おう」も。
でも。
手は、
離れなかった。
夕焼けは、
もう消えかけている。
夜が、
すぐそこまで来ていた。
「……帰ろっか」
凪が言う。
「うん」
並んで歩く。
手は、
触れたまま。
誰も、
何も言わない。
それで、
全部だった。
この瞬間、
私たちはもう、
友達には戻れない。
恋人とも、
まだ言えない。
でも――
確実に、
“始まってしまった”。
夏の終わり。
言葉にしなかったからこそ、
心が、
逃げ場を失った。
そして私は、
静かに思った。
(この人と、
ちゃんと恋をする)
次に進む覚悟は、
もうできていた。




