表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

この人になら、話してもいいと思った

夕方の空は、

夏の終わりを少しだけ含んだ色をしていた。

オレンジに染まる雲。

校舎の影が、

ゆっくりと長くなる時間。

私は、

凪と並んで歩いていた。

行き先は決めていない。

ただ、

一緒に帰っているだけ。

それが、

最近の“当たり前”だった。

「……ねえ、咲」

凪が、

少しだけためらうように口を開く。

「なに?」

「今日さ」

「うん」

「時間、ある?」

その聞き方が、

いつもと違った。

軽くない。

でも、

重すぎない。

「あるよ」

即答すると、

凪は小さく息を吐いた。

「……よかった」

校門を抜けて、

人通りの少ない道に入る。

蝉の声が、

少しだけ遠くなる。

「ねえ、咲」

凪が、

前を見たまま言う。

「私、

前に引っ越したことあるって、

言ったよね」

「うん」

「……あれね」

言葉が、

一瞬止まる。

私は、

何も言わず、

歩調を合わせる。

「ただの引っ越しじゃ、

なかった」

凪の声は、

静かだった。

「私、

前の学校で……」

そこまで言って、

凪は足を止めた。

「……ごめん」

「どうして?」

「やっぱり、

急すぎるよね」

振り返ると、

凪は困ったように笑っていた。

でも、

その笑顔は、

ちゃんと作られていない。

「凪」

私は、

ゆっくり言う。

「最後まで話さなくてもいいよ」

「え」

「途中でも、

いい」

「言葉がぐちゃぐちゃでも、

いい」

少しだけ、

距離を詰める。

「“話そうとした”って事実だけで、

私は十分」

凪は、

驚いたように目を見開いた。

「……そんなの、

反則」

「よく言われる」

小さく笑う。

凪は、

しばらく黙っていた。

夕焼けが、

二人の影を重ねる。

やがて、

凪は小さく頷いた。

「……私ね」

「前の学校で、

目立つのが怖くなった」

その言葉は、

予想よりずっと、

素直だった。

「期待されるのも、

注目されるのも」

「全部、

重くて」

「ちゃんとやらなきゃって、

思うほど」

凪は、

自分の手を見つめる。

「……息、できなくなった」

胸が、

きゅっと締まる。

「だから、

逃げた」

「引っ越して、

名前も、

立場も変えて」

凪は、

少し自嘲気味に笑う。

「それなのに」

視線が、

ゆっくりこちらに向く。

「ここでも、

咲に見つかった」

「……見つけたつもり、

なかったんだけど」

「うそ」

凪は、

小さく笑った。

でもその目は、

潤んでいる。

「咲はさ」

凪の声が、

少し震える。

「私が、

何も言わなくても」

「“大丈夫じゃない”って、

分かるでしょ」

私は、

少し考えてから答える。

「……分かりたい、

って思ってるだけ」

「それが、

もう十分だよ」

凪は、

一歩近づいた。

距離が、

ほとんどなくなる。

でも、

触れない。

「ねえ、咲」

「なに?」

「私さ……」

一瞬、

言葉を探す。

「……この話、

誰にもしてない」

その言葉の重さを、

私はちゃんと受け取った。

「うん」

「話してよかった?」

「うん」

即答だった。

「凪が話してくれたこと、

嬉しい」

「……それだけ?」

「それだけで、

十分」

凪は、

しばらく黙っていた。

そして、

小さく笑った。

今度は、

ちゃんとした笑顔だった。

「……ずるいな」

「三回目」

「更新してるじゃん」

「成長してる」

凪は、

少し照れたように視線を逸らす。

「ねえ、咲」

「うん?」

「私、

もう少しだけ」

一拍。

「……このままで、

いていい?」

その言葉に、

胸が熱くなる。

「いいよ」

「無理しなくて」

「逃げたくなったら、

言って」

凪は、

ほっとしたように息を吐いた。

「……ありがとう」

夕焼けが、

少しずつ薄れていく。

夜が近づく。

でも、

不思議と怖くなかった。

凪は、

まだ全部を話していない。

でも。

“話してもいい人”に、

私はなれた。

それだけで、

胸がいっぱいだった。

恋は、

突然落ちるものじゃない。

こうやって、

少しずつ。

信じてもいいと思える相手を、

選んでいくものなんだと。

その日、

私は初めて、

はっきりと思った。

(この人となら)

(恋をしても、

いい)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ