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眠れない夜は、言葉が嘘をつけなくなる

夜は、

昼よりも正直だ。

波の音が、

昼間よりも低く、

規則正しく耳に届く。

宿の部屋は、

畳の匂いと、

少しだけ潮の香りが混じっていた。

「じゃあ、電気消すねー!」

誰かの声と同時に、

部屋が暗くなる。

一斉に布団に潜り込む音。

小さな笑い声。

ひそひそ話。

お泊まり会らしい、

にぎやかな夜。

……なのに。

私は、

全然眠れなかった。

(……眠れるわけない)

隣の布団。

布越しに伝わる、

凪の気配。

近い。

でも、触れていない。

それが、

逆に意識させる。

天井を見つめながら、

私は目を閉じたまま、

呼吸を整えようとする。

でも――

「……咲、起きてる?」

小さな声。

凪だった。

「……起きてる」

同じくらい小さく返す。

一瞬の沈黙。

波の音が、

その間を埋める。

「……ごめん」

「どうして?」

「起こしちゃったかなって」

思わず、

小さく笑ってしまった。

「起きてたから」

「そっか」

凪の声が、

少しだけ柔らぐ。

「……眠れない?」

「うん」

正直だった。

夜は、

嘘をつくのが下手になる。

「今日さ」

凪が、

ぽつりと言う。

「楽しかった」

「うん」

「でも」

また、

少し間が空く。

「……疲れた」

その言葉に、

胸がざわつく。

「嫌な意味じゃないよ」

凪は、

慌てたように続ける。

「ただ……

ずっと、気を張ってた気がして」

私は、

布団の中で、

そっと体の向きを変えた。

凪の方を向く。

暗くて、

表情はよく見えない。

でも、

声の震えは、

はっきり分かった。

「ねえ、咲」

「なに?」

「私さ……」

凪の声が、

ほんの少し、

弱くなる。

「前は、

夜が好きだったんだ」

「……前?」

「うん」

「誰にも見られなくて、

誰にも期待されなくて」

胸が、

ぎゅっと締め付けられる。

「でも最近は」

凪は、

言葉を探すように、

ゆっくり話す。

「夜になると、

考えすぎちゃって」

「……何を?」

「……もしも、を」

もしも。

その一言で、

全部伝わった気がした。

「もしも、

また同じことになったら」

「もしも、

また失ったら」

私は、

考えるより先に、

口を開いていた。

「凪」

「……なに?」

「それ、

一人で考えなくていいよ」

凪が、

息を止めた気配がした。

「……どういう意味?」

「そのままの意味」

私は、

布団の上から、

そっと手を伸ばす。

触れない。

でも、

すぐそばまで。

「凪が怖いなら、

一緒に怖がればいい」

「不安なら、

一緒に悩めばいい」

喉が、

少しだけ熱くなる。

「……前みたいに、

一人で抱えなくていい」

長い沈黙。

波の音だけが、

変わらず続く。

やがて。

「……ずるい」

凪が、

小さく言った。

「そんなこと言われたら、

信じたくなるじゃん」

声が、

少し震えていた。

「信じて」

その一言に、

全部を込めた。

布団の中で、

凪が、

ほんの少しだけ近づく。

距離が、

指一本分、縮まる。

でも、

触れない。

それが、

今の私たちの限界。

「……ありがとう、咲」

「うん」

「今日、来てくれて」

「うん」

それ以上、

言葉はいらなかった。

しばらくして、

凪の呼吸が、

少しずつ規則正しくなる。

眠ったのだと、

分かる。

私は、

天井を見つめながら、

胸の奥で思った。

(この人は、

強いけど)

(全部を一人で

抱えられるわけじゃない)

だから――

(私が、

そばにいる)

夏の夜は、

静かで、

優しくて、

少しだけ切ない。

でもこの夜は、

確かに、

何かが前に進んだ夜だった。

私は、

凪の眠る気配を感じながら、

ようやく目を閉じた。

眠れない夜は、

嘘をつけない。

だからこそ、

本音だけが、

ちゃんと残る。

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