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救われたはずなのに、まだ怖かった

翌朝の教室は、

いつもと変わらない音で満ちていた。

椅子を引く音。

教科書を開く音。

誰かの笑い声。

昨日のあれが、

まるで嘘だったみたいに。

「……おはよう、咲」

朝倉凪は、

いつもの席に座っていた。

でも、

少しだけ違う。

目が合うと、

一瞬、躊躇うように瞬きをしてから、

柔らかく微笑んだ。

「おはよう」

その笑顔に、

胸が温かくなる。

――それなのに。

(なんで、こんなに不安なんだろう)

授業中、

凪はいつもより静かだった。

ノートを取りながら、

時々、ペンが止まる。

考え事をしている横顔。

(大丈夫、だよね)

昨日、

あんなふうに泣いて、

あんなふうに話して。

私たちは、

確かに近づいたはずなのに。

昼休み。

「咲、一緒に食べよう」

凪が、

少しだけ控えめに言う。

その“控えめ”が、

胸に刺さる。

「うん」

二人で並んで座る。

クラスの空気は、

昨日より落ち着いていた。

でも、

どこか様子をうかがう視線。

「……ねえ」

凪が、

小さく声を出す。

「私、昨日……」

言いかけて、

言葉を止める。

「……やっぱりいい」

その瞬間、

胸が、ひやりとした。

「凪」

名前を呼ぶと、

凪は少し驚いた顔をする。

「言って」

凪は、

しばらく黙り込んだあと、

困ったように笑った。

「……重くなかった?」

その一言で、

分かってしまった。

(この人、まだ自分を疑ってる)

「泣いたこととか、

弱いところ見せたこととか」

凪は、

視線を落とす。

「咲に、

負担だったら嫌だなって」

胸が、

ぎゅっと縮む。

「そんなわけない」

すぐに言った。

でも、

凪は安心した顔をしない。

「……ありがとう」

その返事は、

どこか距離があった。

放課後。

凪は、

生徒会の用事があると言って、

一人で教室を出ていった。

「先、帰ってていいよ」

そう言われて、

私は頷くしかなかった。

廊下を歩きながら、

胸がざわつく。

(置いていかれた、わけじゃない)

そう言い聞かせても、

足取りは重かった。

帰り道。

スマホを開く。

凪からのメッセージは、

まだ来ていない。

(……考えすぎ)

そう思うのに、

心は言うことを聞かない。

家に着いて、

制服を脱ぎ、

ベッドに座る。

昨日の凪の泣き顔が、

頭から離れない。

(救われたはずなのに)

どうして、

まだ怖いんだろう。

スマホが震えた。

《今日は少し、疲れちゃって

連絡遅くなってごめんね》

続けて、

《咲は、

私と一緒にいて、楽しい?》

その一文を見た瞬間、

息が詰まった。

(……まただ)

凪は、

自分の価値を、

私の反応で測ろうとしている。

すぐに返信する。

《楽しいよ

凪といると、安心する》

送信。

しばらくして、

既読がつく。

でも、

返事は来ない。

夜。

窓の外は、

静かだった。

ベッドに横になりながら、

天井を見る。

(私、ちゃんと支えられてる?)

好きって言えた。

寄り添えた。

それなのに――

恋は、まだ不安を手放してくれない。

そのとき、

ふと、えみるの言葉を思い出した。

――「逃げない咲でいて」

私は、

逃げてないだろうか。

凪の不安に、

ちゃんと向き合えているだろうか。

スマホを胸に抱きしめる。

この恋は、

まだ完成していない。

でも、

だからこそ。

壊れる前に、

もう一歩、踏み込まなきゃいけない。

そうしないと、

この優しさは、

いつか二人を傷つける。

胸の奥が、

静かに痛んだ。

――救われたはずなのに、

恋は、まだ怖かった。

それでも私は、

手を離す気なんて、

最初からなかった。

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