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あなたが、嘘をついた理由

雨が降っていた。

しとしとと、

音を立てるでもなく、

ただ世界を濡らしていくような雨。

放課後の校舎は、

昼間のざわめきが嘘みたいに静かだった。

私は、

昇降口で立ち止まっていた。

傘を持っているのに、

なぜか外に出る気になれなかった。

「……咲」

背後から、

聞き慣れた声がする。

振り返ると、

齋藤えみるが立っていた。

「一緒に、帰らない?」

えみるは、

いつもより少しだけ、柔らかい顔をしていた。

私たちは並んで歩き出す。

傘に当たる雨音だけが、

会話の代わりみたいだった。

「……凪のこと」

えみるが、先に口を開いた。

胸が、きゅっとなる。

「文化祭のあとから、

ちょっと変わったでしょ」

「……うん」

えみるは、

一度だけ深く息を吸った。

「ね、咲」

足を止める。

「凪が“完璧”でいる理由、

ちゃんと知ってる?」

私は、

首を横に振る。

えみるは、

どこか遠くを見る目をしていた。

「私、凪と同じ中学だった」

その言葉に、

思わず息を呑む。

「当時の凪はね、

今みたいに笑わなかった」

雨音が、

少しだけ強くなる。

「成績も良くて、

顔も整ってて、

でも――」

えみるは、

ぎゅっと傘の柄を握る。

「“何をしても、期待されるだけ”だった」

私の胸が、

静かに痛み始める。

「失敗すると、

『あの凪でも失敗するんだ』って言われて」

「頑張ると、

『当然でしょ』って言われて」

えみるの声は、

淡々としているのに、

どこか震えていた。

「凪はね、

褒められたかっただけなんだよ」

その一言が、

深く刺さる。

「ただ、“凪でいていい”って

言ってほしかっただけ」

私は、

何も言えなかった。

えみるは、

少しだけ笑った。

「ある日、凪が言ったんだ」

――『私が壊れても、誰も困らないよね』って。

喉が、

詰まる。

「それで私は、

怖くなった」

えみるは、

視線を落とす。

「凪が誰かに頼る前に、

いなくなった方がいいって思った」

「……それで?」

「最低なこと、した」

えみるは、

はっきり言った。

「咲のせいだって、

嘘ついた」

世界が、

一瞬止まった。

「本当は、

咲がいたから、凪は笑ってた」

えみるの声が、

震える。

「だから、

壊れる前に、

私が悪者になった」

雨が、

強くなる。

「引っ越したのも、

逃げじゃない」

「凪が“誰か一人に依存しない”ように、

咲を遠ざけた」

私は、

何も言えずに立ち尽くす。

「……馬鹿でしょ」

えみるは、

自嘲するように笑った。

「でもね」

一歩、

私の方へ近づく。

「今は違う」

えみるの目は、

真っ直ぐだった。

「凪は、咲を必要としてる」

「完璧な咲じゃなくて、

逃げない咲を」

胸が、

いっぱいになる。

「だから」

えみるは、

静かに言った。

「離れないで」

それだけ言って、

えみるは先に歩き出した。

私は、

その場に立ち尽くしたまま。

雨が、

止んでいた。

凪の顔が、

頭に浮かぶ。

文化祭の日の涙。

第10話で見た、

寂しそうな笑顔。

――全部、繋がった。

私は、

走り出した。

凪の家の前。

インターホンを押す手が、

震える。

「……誰?」

スピーカー越しの声。

「咲」

沈黙。

扉が、

ゆっくり開いた。

そこにいた凪は、

制服のままで、

驚いた顔をしていた。

「……どうしたの?」

私は、

何も考えずに言った。

「聞いた」

凪の表情が、

固まる。

「全部」

凪は、

俯いた。

「……がっかりした?」

小さな声。

「私、

嘘ついてた」

胸が、

締めつけられる。

「強いふりして、

大丈夫なふりして」

「嫌われたくなくて、

一人で抱えてた」

凪の肩が、

震える。

私は、

そっと前に出た。

「ね、凪」

凪が、

顔を上げる。

涙で、

ぐしゃぐしゃだった。

「私、

全部知った上で言う」

一呼吸。

「それでも、

一緒にいたい」

凪の目が、

見開かれる。

「壊れてもいい」

「弱くてもいい」

「逃げたくなったら、

一緒に逃げよう」

凪の唇が、

震えた。

「……ずるいよ」

そう言って、

初めて、声を上げて泣いた。

私は、

何も言わず、

ただ隣に立つ。

肩が触れて、

体温が伝わる。

それだけで、

十分だった。

雨上がりの空は、

驚くほど綺麗だった。

この日、

私は知った。

恋は、

相手を変えることじゃない。

相手の弱さを、

“そのまま置いておける”ことなんだと。

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