月探索・はじまり
静かだった。
音がない、というより、
音が生まれる余地がない場所だった。
美佳は、ゆっくり歩き出す。
足跡は、残らない。
でも、歩いている感触は確かにある。
「砂っぽいのかと思ったけど」
しゃがんで、地面を指でなぞる。
さらさらもしない。
ごつごつもしない。
「……床?」
思わずそう言ってしまい、
自分で笑った。
月は、景色が少ない。
山もない。
木もない。
建物もない。
代わりにあるのは、
遠近感を失わせる白と、
影を拒む光。
「迷子にはならなそうだね」
どこに行っても、同じに見えるから
だ。
しばらく歩いていると、
美佳は、ふと立ち止まった。
「……あれ?」
遠くに、
ほんの少しだけ、
違うものが見える。
白の中に、
わずかな“欠け”。
光を吸うような、
影のない影。
近づくにつれて、
それが「物」だと分かってくる。
小さい。
拳より、少し大きいくらい。
月の地面に、
ぽつんと落ちていた。
「……石?」
しゃがみ込み、
指先でつついてみる。
冷たくない。
熱くもない。
重さも、あまり感じない。
なのに。
「……変なの」
持ち上げた瞬間、
わずかに、感覚がズレた。
ここじゃない。
でも、どこでもない。
そんな感じ。
美佳は、目を細めて観察する。
表面は滑らかで、
でも、完全な球でもない。
割れた跡のような、
欠けた線。
「欠片だ」
口に出して、確かめる。
月の、欠片。
理由はない。
確信だけがあった。
美佳は、くるっとひっくり返してみる。
すると。
欠片の内側が、
一瞬だけ、光った。
白とは違う光。
柔らかくて、
奥行きのある、
“向こう側”の色。
「……あ」
声が、小さく漏れる。
押す場所も、
スイッチも、
説明もない。
でも。
「……触るよね」
独り言のように言って、
美佳は、親指で軽く撫でた。
次の瞬間。
欠片が、
かすかに震えた。
音はない。
揺れもない。
ただ、
“方向”だけが生まれた。
ここじゃない、どこか。
「……なるほど」
美佳は、欠片を握りしめる。
「お土産にしては、ちょっと面白すぎるけど」
そう言って、
ポケットに入れた。
月は、何も言わない。
止めもしない。
警告もしない。
ただ、
“拾われた”という事実だけが、
そこに残った。
美佳は、立ち上がる。
「じゃ」
月に向かって言う。
「そろそろ次、行こっか」
月は、行ける場所だった。
そして今。
月は、通過点になった。




