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鬼ヶ島、映えない問題

舟は、順調だった。


重い。

不安定。

どこかできしむ音が、ずっとしている。


だが――

進んでいる。


「ね」


美佳が言った。


「これ、意外と安定してない?」


「どこを見てそう思ったんですか!?」


一寸法師が椀の中で叫ぶ。


舟団は、川を下っていた。


どんぶらこ。

……というより、ずるずる。


そのときだった。


「……あれ?」


浦島太郎が、かすれた声を出す。


「水の音が……

 さっきと、違わんかの……」


確かに、音が変わっていた。


低く、重く、

どこか吸い込まれるような響き。


川の空気が冷え、

白い霧が立ち込める。


舟の先が、見えない。


「……ねえ」


美佳が、あっさり言った。


「さっきまで、

 こんなに霧なかったよね?」


誰も否定しなかった。


一寸法師は、櫂を握り直す。


「……この先、

 落差がある可能性が――」


その瞬間。


【アナウンス】


次――

落下注意区間、――


「え?」


理解する前に、

世界が、縦に落ちた。


「わー!

 ウォータースライダーだー!!」


美佳の声だけが、やけに楽しそうだった。


舟が、落ちる。

桃が、滑る。

お椀が、回る。


浦島太郎は声も出さず、

ただぎゅっと体を丸めていた。

すでに何度か人生をやり直した顔だった。


一寸法師は椀の中で回転しながら、

「理論が! 理論が!」と叫んでいる。


金太郎は叫び声を上げつつ、

なぜか楽しそうに笑っていた。


かぐや姫は無言で袖を押さえ、

着地の瞬間だけ、わずかに姿勢を整えた。


水しぶきが弾け、世界が一度、ぐるりと裏返った。

叫び声と笑い声と、どこかで何かがぶつかる音が混ざり合い、

落下の終わりが分からなくなる。


「わー!

皆楽しんでるー?

うぇーい!」


美佳ははしゃいだまま振り返り――そこで、ほんの一瞬だけ瞬いた。


人影が、思っていたより多い。

いや、多いというより、明らかに増えている。


「……あれ?」


視線を一巡させて、数えかけて、途中でやめる。


「いつの間にか、大所帯になってる?」


返事はない。

誰も、増えた理由を説明しない。

説明できる者も、もういなかった。


美佳は小さく肩をすくめる。


「……ま、いっか」


そう言って前を向く。

それで、この場は成立してしまった。


誰も、

それがいつからだったのかを、

正確には覚えていなかった。


ただ、舟は進み、

水は流れ、

列車はすでに発車している。


止める理由も、

降りる理由も、

もう見当たらなかった。


滝壺。


水しぶき。


砂浜。


ごろごろした岩場。


静寂。


しばらくして、美佳が立ち上がる。


服を軽くはたき、

周囲を見回して、一言。


「……ここ、映えなくない?」


誰も、すぐには答えられなかった。


波の音。

岩にぶつかる水の音。


そこは、

鬼ヶ島だった。


美佳は、少し考えてから言う。


「まあ、入口はこんなもんか」


洞窟があった。


島の奥へと続く、

暗く、湿った穴。


「洞窟?」


美佳は覗き込み、

スマホを取り出す。


ライトを点ける。


「ちょっとRPG感あって、

 テンション上がるんだけど」


普通なら、

躊躇するところだった。


だが、誰も止めなかった。


【アナウンス】

ただいま異界境界線を通過しております。

足元が不安定ですので、

お忘れ物・常識は

この先にお持ち込みにならないよう

ご注意ください。


ダァシエリイェス!!


洞窟の中は、短かった。


壁には、

どこかで見たことのある

「鬼と桃太郎」の図。


「ネタバレ早くない?」


美佳が言う。


足元には、

角の欠片のようなもの。


「……これ、骨じゃ」


誰かが呟いた。


かぐや姫だけが、

何も言わず、天井を見上げていた。


そして。


光。


洞窟を抜けた先に、

鬼ヶ島の中心が広がっていた。


美佳は一歩踏み出し、

小さく頷く。


「うん」


一拍置いて、


「ここからが本番だね」


――こうして。


鬼ヶ島は、

“討伐の舞台”ではなく、

“何かが始まる場所”になった。

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