表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/44

美の女神は、話が早い

アルテミスとの一件から、少しして。


次に反応したのは、

議会でも神殿でもなく――

鏡だった。


天界の回廊に並ぶ、光を溜め込んだ鏡のひとつが、

ふっと揺れた。


「……あら?」


その前に立っていた女神が、首を傾げる。


波打つ金髪。

柔らかな光をまとった肌。

歩くだけで空気の温度が変わる。


愛と美の女神、アフロディテだった。


「今日、なんだか“違う匂い”がするわね」


匂い、というより――

“人の気配”に近いもの。


アフロディテは楽しそうに微笑む。


「降りてきたの?」


問いかけは、空間に向けてだった。


返事はなかったが、

代わりに、ひとつの存在がそこに現れる。


『……観測対象、接近』


無機質な音声。


「まあ」


アフロディテは驚くより先に、興味を示した。


「あなた、面白い形をしているのね」


『形状は最適化された結果です』


「でしょうね」


即答。


「でも“美”の概念は、ちょっと足りないわ」


カシャン、沈黙。


処理ログが一瞬、跳ねた。


---


そこへ。


「失礼しまーす」


場違いなほど軽い声。


美佳だった。


「ここ、すごいね。

 天井高いし、白いし、

 ……あ、鏡多い」


アフロディテが振り返る。


視線が、ぴたりと合った。


一拍。


「……あなた」


「うん?」


「外界の子ね?」


「たぶん」


間。


「面白いわ」


それだけで、話は終わった。


アフロディテは距離を詰める。


「ねえ」


「なに?」


「それ、持ってるの?」


美佳のポケットを指す。


中には、

弓勇者から譲られた弓矢と、

女子会の餞別――化粧品が詰まっていた。


「お土産」


「……!」


アフロディテの目が、きらりと光る。


「見せて」


即決だった。


---


並べられる、小さな箱。


外界の色。

外界の匂い。

外界の“手触り”。


アフロディテは一つ手に取り、

軽く蓋を開ける。


「……ふふ」


「なに?」


「“欲しいと思わせる作り”ね」


専門家の目だった。


「神殿の供物より、よほど正直だわ」


美佳は肩をすくめる。


「女子会の力だよ」


「そう」


アフロディテは笑う。


「なら、これは正式に受け取るわ」


そして、ちらりとカシャンを見る。


「あなた、記録してるんでしょう?」


『……はい』


「書いておきなさい」


一拍。


「美は、上から与えるものじゃない。

 下から、自然に集まるものよ」


カシャン、フリーズ。


ログが、止まった。


---


「ところで」


アフロディテは美佳に戻る。


「あなた、これからどうするの?」


「んー」


美佳は考える。


「行くって言われたから、行く」


「どこへ?」


「そのへん」


曖昧なのに、迷いがなかった。


アフロディテは、満足そうに頷く。


「いいわ」


「え?」


「あなた、また来なさい」


美佳が瞬く。


「今度は」


少しだけ声を落として。


「女子だけで」


にこり。


カシャンの処理能力が、限界に近づいた。


---


その日。


管理側の報告書には、

こう記された。


・美の女神、好意的

・敵意なし

・拒否反応なし

・むしろ歓迎


※原因:

「女子会」


赤字で、最後に一行。


これ以上、観測を続けると

管理者側の定義が崩壊する恐れあり


なお。


アフロディテはその夜、

外界の口紅を使ってみた。


「……悪くないわね」

と、言った。


☆―☆―☆―☆―☆


ミニエピ|カシャン、処理不能


(場所:女神女子会・お茶会の続き)


紅茶の香りが、ゆっくりと漂っている。


エウリディケが、ぽつりと零した。


「……あれ、

本当に、振り返らなければよかったのよ」


イザナミは静かに頷く。


「“見るな”には、

だいたい理由がある」


アルテミスは即座に反応した。


「見ーたーなー?」


声は軽い。

だが、目は笑っていない。


一拍。


三人の視線が交差し、

同時に、紅茶を口に運ぶ。


その様子を――

少し離れた位置から、カシャンが記録していた。


『事象記録開始』 『共通項抽出中』


カシャンのホログラムが、

わずかにノイズを帯びる。


『条件提示 → 違反 → 破綻』 『責任所在:違反側』


一見、単純な構図。


しかし。


『神格存在、怒り反応なし』 『悲嘆反応、軽度』 『むしろ——』


一瞬、処理が止まる。


『共感』 『共有』 『……雑談?』


内部ログが、急速に増えていく。


『感情的発話が、秩序を破壊していない』 『むしろ安定を形成している』


『……矛盾』


カシャンの輪郭が、

一度、ぶれる。


美佳が、その様子を見て首を傾げる。


「……あ、止まった?」


アルテミスが即座に反応する。


「壊れた?」


エウリディケが首を振る。


「違うわ。

考えすぎてるだけ」


イザナミ、淡々と。


「分からないものを

無理に分かろうとすると、そうなる」


その瞬間。


『……』 『……』 『……』


カシャン、完全フリーズ。


表示が止まり、

音も消え、

ただそこに“在る”だけになる。


沈黙。


美佳が、カップを置いて言う。


「ねえ」


全員が見る。


「女の愚痴ってさ、

 結論出すための会議じゃないんだよ」


アルテミスが、にやりと笑う。


「その通り」


イザナミも頷く。


「共有するだけで、終わることもある」


エウリディケが、最後に一言。


「それで、少し楽になる」


――その瞬間。

『再起動』 『……記録継続』


カシャンが、ワンテンポ遅れて復帰する。


『暫定結論』 『女子会:非敵対的・高安定イベント』


一拍。


『……理解不能』 『しかし——』


『排除対象ではない』


美佳が、満足そうに言う。


「ほらね」


アルテミスが笑う。


「いい記録、取れた?」


カシャン、少しだけ間を置いて。


『……はい』


その声は、

ほんのわずかに遅延していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ