最後のお茶は、夜に
夜だった。
昼間の騒ぎが嘘みたいに、街は静かで、
灯りの数だけ、人の気配があった。
お茶会は、また同じ場所で開かれた。
ただし――
誰も笑っていない。
カップに注がれたお茶から、湯気が立つ。
甘い匂いは、いつも通り。
でも、空気だけが違った。
美佳は、椅子に座って、足をぶらぶらさせている。
「夜のお茶も、悪くないね」
誰も、すぐには返事をしなかった。
弓勇者が、しばらくして口を開く。
「……本当に、行くんだな」
「うん」
即答。
受付嬢は、カップを両手で包んだまま、視線を落とす。
「……戻って、来られるんですか?」
美佳は、一瞬だけ考えた。
「さあ?」
その答えに、空気が少しだけ張り詰める。
プリーストが、慌てて言葉を探す。
「で、でも……
天界って、危険とか……」
「ないんじゃない?」
軽い。
あまりにも。
「神様いるんでしょ?」
「……いますけど」
「じゃ、大丈夫」
理屈は、それだけだった。
弓勇者は、笑っていいのか分からず、困った顔をする。
「相変わらずだな……」
「でしょ?」
美佳は、にっと笑った。
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しばらく、沈黙。
それを破ったのは、受付嬢だった。
「……私は」
言いかけて、止まる。
一度、深呼吸。
「正直に言いますね」
美佳が、顔を向ける。
「あなたがいると……
この世界は、ちょっと困るんです」
弓勇者が、はっとする。
プリーストも、息を呑む。
でも、受付嬢は視線を逸らさなかった。
「秩序も」
「役割も」
「前提も」
「全部、ズレる」
美佳は、黙って聞いている。
「でも」
受付嬢は、続けた。
「嫌いとか、排除したいとかじゃありません」
「むしろ……」
言葉を探して、苦笑する。
「あなたは、危険じゃない」
「ただ――
収まりが悪すぎる」
美佳は、少しだけ目を丸くした。
「ふーん」
それだけ。
「だから、行くって言われて……
ほっとしたのも、本音です」
一拍。
「……でも」
声が、少しだけ揺れた。
「寂しくも、あります」
弓勇者が、そっと頷く。
プリーストも、小さく。
美佳は、カップを持ち上げた。
「正直でいいね」
そして、一口飲む。
「私もさ」
「ここ、好きだよ」
空気が、揺れた。
「だから」
美佳は、笑う。
「ちゃんと挨拶して行く」
「逃げるわけじゃないし」
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そのとき。
部屋の端で、カシャンが微かに音を立てた。
カシャ……。
『移送予定時刻、更新』
誰も見ない。
でも、聞いている。
『明朝』
『準備完了』
プリーストが、小さく呟く。
「……早いですね」
「早いね」
美佳は、あっさり言う。
「でも、夜はある」
「今は――
これでいい」
カップが、静かに置かれる。
誰も、乾杯しない。
それでも。
この夜のお茶会は、
ちゃんと、別れの席だった。




