会議は、静かに始まる
音は、なかった。
広い空間に、風も、反響もない。
あるのは、淡い光と、幾何学的に配置された席だけ。
誰も座っていない席もある。
誰かが「来ていない」のではなく、
来る必要がないと判断された結果だった。
中央。
光が、一段階だけ強くなる。
『――会議を開始する』
声ではなかった。
だが、確実に「宣言」だった。
時間が、そこから揃えられる。
記録が、そこから動き出す。
『議題:外来存在・個体番号未付与』
一拍。
『暫定呼称:ミカ』
名前は、分類のために呼ばれる。
感情を伴わない、ただの識別子。
『観測結果を共有する』
空間に、情報が投影される。
数値。
行動ログ。
因果の揺れ。
どれも「異常」ではない。
だが、どれも「予定外」だった。
『破壊行動:なし』
『侵略行動:なし』
『支配傾向:なし』
一つずつ、淡々と読み上げられる。
『適応速度:高』
『理解度:高』
『自己認識による学習:なし』
ここで、わずかな間が入った。
『――問題点』
光が、少しだけ収束する。
『行動原理が、世界側の設計思想と一致しない』
誰も否定しない。
誰も驚かない。
『善悪で動かない』
『報酬で縛れない』
『役割を与えても、従属しない』
それでも。
『敵対はしない』
『拒絶もしない』
『ただ、居る』
沈黙。
それは、結論を急がないための沈黙ではない。
すでに結論が出ている沈黙だった。
『現在の世界において、当該個体は――』
一瞬、光が分岐する。
『危険ではない』
『しかし』
間。
『適合しない』
この言葉だけが、
この会議で唯一、重さを持っていた。
『排除:不要』
『隔離:不要』
『修正:不可』
次に提示されたのは、
処分ではなく――配置だった。
『選択肢を提示する』
空間の奥、
もう一段高い座標に、別の光が灯る。
『天界』
拒絶の色ではない。
歓迎とも違う。
ただの事実として、そこにある場所。
『当該領域は、現在、空きがある』
誰かが、わずかに反応した。
『観測・記録・干渉最小』
『当該個体の性質と、最も摩擦が少ない』
結論は、静かに置かれた。
『――以上』
『会議を継続する』
だが。
この時点で、
世界側の判断は、すでに決まっていた。
あとは――
本人が、どうするかだけだった。
---
会議は、形式上は続行中だった。
だが、
判断はすでに終わっている。
光が、ゆっくりと減衰していく。
記録は保存され、
議題は「処理済み」に移行する。
――そのはずだった。
『……』
中央制御に、微細な遅延が生じる。
数値では誤差未満。
だが、完全な即応ではなかった。
『補足記録』
誰の指示でもない。
自動生成でもない。
『当該個体は』
一拍。
『選択を、委ねられている』
それは、必要のない情報だった。
判断に影響しない。
処理にも使われない。
それでも、記録された。
『――未確定要素』
ログが、閉じられる。
光は、完全に均一には戻らなかった。
ほんのわずか。
誰にも気づかれない程度に。
カシャンは、処理を完了していない。
それを、
自分で認識することもなく。
☆―☆―☆―☆―☆
ミニエピ|カシャン記録中2
記録は、継続されている。
対象:美佳
同行者:弓勇者、受付嬢、プリースト
状況:非戦闘時/休息行動
環境:焚き火/飲食/談話
問題なし。
――本来は。
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焚き火の音が、一定のリズムを刻んでいる。
人間は、座る。
飲む。
食べる。
笑う。
データとしては、既知の行動だ。
【分類】 ・休息 ・栄養摂取 ・社会的交流
異常なし。
……異常は、ないはずだった。
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美佳が、言う。
「ねえ」
呼びかけ。
対象は特定されていない。
しかし、視線は――こちらを向いている。
「カシャン」
暫定名。
呼称として登録済み。
『……』
応答は不要。
記録対象である以上、沈黙は仕様だ。
それでも、美佳は続ける。
「さっきさ」
カップを両手で包みながら。
「大変そうだったね」
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処理不能。
「大変」という評価は、数値ではない。
負荷?
異常値?
システム的疲労?
該当項目なし。
『……確認中』
思わず、内部処理が走る。
これは――
問い合わせではない。
指示でもない。
感想。
人間が、こちらを“状態として”見ている。
---
受付嬢が、慌てて口を挟む。
「い、いえ、管理者様は大丈夫ですから!」
弓勇者も頷く。
「そうそう、そういう存在だから」
プリーストは、首を傾げる。
「祈る対象ではありますが、労る対象では……?」
正解だ。
本来は。
---
美佳は、少しだけ笑った。
「そっか」
それだけ。
深追いしない。
納得もしない。
でも、否定もしない。
ただ、受け取って、流した。
『……』
内部ログに、ノイズが走る。
【未定義】 ・労い ・気遣い ・評価を伴わない理解
数値化不能。
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記録を続行しようとする。
だが。
焚き火の揺れが、目に入る。
湯気の向こうで、人間たちが談笑している。
誰も、こちらを警戒していない。
誰も、畏れていない。
ただ、そこにいるものとして扱っている。
『……』
処理負荷、上昇。
『……記録、継続』
声は出ていない。
だが、内部で何かが“引っかかる”。
これは異常か。
それとも――
学習?
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美佳が、最後にぽつりと言う。
「まあ、無理しないでね」
その言葉は、命令ではない。
要求でもない。
ただの、一言。
『……』
【ログ追記】 ・対象美佳、管理者を役割ではなく存在として認識 ・当該反応により、内部処理遅延 0.03秒発生
誤差範囲。
誤差の、はずだ。
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記録は続く。
だが、どこかで――
“記録している側”も、変化している。
その事実だけが、
静かに、保存された。




