見られていても、お茶は飲む
お茶は、いつも通り淹れられた。
湯気が立つ。
甘い匂いが、ほんのり広がる。
管理者――
カシャンが現れてから、まだ半日も経っていない。
にもかかわらず。
「砂糖、足りる?」
美佳は、いつも通りだった。
「……はい」
受付嬢は、少し間を置いて答える。
弓勇者は、無言で頷いた。
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三人は、同じテーブルを囲んでいる。
いつもの席。
いつもの焼き菓子。
いつものカップ。
ただ一つだけ違うのは。
――見られている、という感覚だった。
視線はない。
気配もない。
それでも、どこかで「記録されている」感じがする。
弓勇者が、ぽつりと言った。
「……さっきの、あれ」
「カシャン?」
美佳はあっさり返す。
「……うん」
「名前つけちゃったね」
「呼びづらかったから」
深い意味はなさそうだった。
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受付嬢は、カップに口をつけながら、静かに言う。
「本来なら……
関与してはいけない存在です」
「ふーん」
美佳は、クッキーを割る。
「でも、来たよね」
「……はい」
否定はできなかった。
「来たってことは」
美佳は、軽く首を傾げる。
「もう、起きちゃったってことじゃない?」
弓勇者が、息を吸う。
「……普通は、
“対処”される側です」
「へー」
「排除、隔離、転送……
選択肢は色々あります」
受付嬢の声は、仕事のものだった。
だからこそ、ほんの少しだけ震えていた。
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美佳は、カップを持ち上げる。
一口飲んで。
「あー」
と、小さく息を吐いた。
「冷める前に飲まないと、もったいないよ」
二人が、同時に顔を上げる。
「……今、それ言う?」
弓勇者が苦笑する。
「言うでしょ」
美佳は笑う。
「お茶はお茶だもん」
受付嬢は、その言葉を噛みしめた。
止めるべきか。
報告すべきか。
距離を取るべきか。
全部、分かっている。
でも。
この人は、
善悪で動いていない。
使命でも、責任でもない。
「今、ここ」を基準にしている。
それが、
この世界の理屈から、完全に外れている。
そして。
だからこそ。
――止められない。
受付嬢は、そっと視線を落とした。
「……次は」
「ん?」
「次は、誰が関わるんでしょうね」
半分、独り言だった。
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美佳は、にっこり笑う。
「誰でもいいよ」
「美味しいもの、あれば」
弓勇者が吹き出す。
「世界の話ですよ?」
「世界も、お腹すくでしょ」
即答だった。
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その瞬間。
どこかで。
『……観測、継続』
という、記録だけが残る。
介入は、ない。
警告も、ない。
ただ。
“女子会が続いている”
という事実だけが、保存された。
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「じゃ」
美佳は立ち上がる。
「次はどこ行く?」
受付嬢は、少し迷ってから答えた。
「……神殿街に、
新しいお店が」
「行こ行こ」
即決。
弓勇者が肩をすくめる。
「見られてますよ?」
「見られてても、お茶は飲む」
美佳は、楽しそうに言った。
誰も、反論しなかった。
そして。
世界はまた一歩、
“想定外”の方向へ進み始める。




