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その魔法、長いです

焚き火の向こうで、

空気が――歪んだ。


「来ます!」


弓勇者が声を上げるより早く、

影が跳ねた。


低い唸り声。

獣型のモンスターが、一直線に距離を詰めてくる。


「――下がってください!」


ウィザードが前に出る。

杖を構え、息を整えた。


「我が呼び声に応えよ――」


詠唱が始まる。


魔力が集まる気配。

空気が重くなる。


だが。


その間に。


「おっと」


美佳が、一歩踏み出した。


考えた様子はない。

反射でもない。


ただ、そこにあったという動き。


跳んできたモンスターの前脚を――


ガシッ。


素手で、掴んだ。


「……え?」


弓勇者の声が、裏返る。


モンスターが暴れる。

牙を剥き、唸り、体を捻る。


「うわ、元気だな」


美佳は言って、

腕に力を込めた。


ぐい、と。


体勢を崩されたモンスターが、

そのまま地面に叩き伏せられる。


ドン。


詠唱は、まだ続いている。


「――炎よ、形を成し……」


ウィザードの声が、少し遅れた。


「……あ」


視界の端で、

“敵”がすでに動いていないことに気づいた。


沈黙。


焚き火が、ぱちりと鳴る。


美佳は、モンスターを押さえたまま首を傾げた。


「これ、倒していいやつ?」


誰も、すぐには答えられなかった。


プリーストが、恐る恐る言う。


「……敵、です……」


「そっか」


美佳は頷く。


そのまま、

首元を――きゅっと。


モンスターの動きが、止まる。


完全な静止。


詠唱が、終わらないまま宙に残る。


「……」


ウィザードは、口を閉じた。


魔法陣が、虚しく霧散する。


管理者――カシャンが、

ジジ…

カシャン…


「攻撃魔法:未発動」

「脅威:排除済み」

「手段:物理(素手)」


という表示を、淡々と残す。


美佳は手を離し、立ち上がる。


服の埃を、ぱんぱんと払って。


「やっぱり」


焚き火に戻りながら、言った。


「詠唱、長いよね」


ウィザードは、しばらく動けなかった。


世界の中で、

当たり前だった前提が、

音もなく崩れ落ちていくのを、

ただ見ているしかなかった。


プリーストが、小さく呟く。


「……祈る前に、終わってしまいましたわね……」


弓勇者は、空を仰ぐ。


「……もう、何も言えない」


しばしの沈黙のあと。


「……」


ウィザードは、まだ杖を握ったままだった。


詠唱は途中で止まり、

魔力は宙ぶらりんのまま、行き場を失っている。


美佳が、振り返る。


「ねえ」


指差したのは、

さっき捕まえたモンスター。


「それ、火通した方がいいよね?」


一拍。

ウィザードは、ゆっくりと瞬きをした。


「……え?」


「生焼けだと、お腹壊すし」


至極まっとうな理由だった。


弓勇者が、そっと口を挟む。


「……火、ありますよ」


プリーストも頷く。


「確かに。衛生的にも」


全員の視線が、

自然とウィザードに集まる。


ウィザードは、少しだけ肩をすくめた。


「……用途変更、ですね」


杖を構え直す。


今度は、落ち着いた声で。


「――炎よ、力を抑え、温もりとなれ」


短い詠唱。


ぱち、と。


小さな火が灯る。


焚き火の横で、

ちょうどいい熱量。


美佳が感心したように言う。


「おお、火加減うまい」


「……ありがとうございます」


焼ける音がする。


じゅう、と。


香ばしい匂いが、広がる。


さっきまで“脅威”だったものが、

ただの夕食に変わっていく。


管理者――カシャンが、

カシャン…

と、控えめに記録する。


「攻撃魔法:火属性」

「使用目的:調理」

「効果:良好」


プリーストが、手を合わせた。


「いただきます」


弓勇者も続く。


「……いただきます」


一瞬遅れて、ウィザードも。


「……いただきます」


美佳は、にこっと笑って。


「はい、いただきます」


火は、ちゃんと役に立った。


誰も、

誰かを倒すために使わなかった。


それなのに――

全員が、ちゃんと“生き延びている”。


ウィザードは、焼けた肉を見つめながら、思った。


(……魔法って)


(こういう使い方でも、いいんだな)


その考えは、

後々まで、消えなかった。

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