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気のせい、では済まなくなった

管理者は、焚き火の向こうに立ったままだった。


動かない。

干渉しない。

ただ、ジ…ジジ…と低いノイズを発している。


弓勇者が、小声で言う。


「……あれ、どう呼べばいいんだ?」


受付嬢が困った顔をする。


「役職も……名前も……分からないですね……」


プリーストは、神殿式の呼称を思い出そうとして、 途中で諦めた。


その沈黙を、ばっさり切ったのは美佳だった。


「うーん」


管理者を見上げて、 首をかしげて、


「じゃあさ」


一拍。


「カシャンでいい?」


カシャ……ン……


管理者の内部処理が、一瞬だけ止まる。


※未定義入力

※名称付与?

※拒否条件なし


弓勇者が慌てる。


「ちょ、ちょっと!

 名前って、そんな簡単に――」


「だって」


美佳は平然としている。


「カシャンカシャン言ってるし」


受付嬢が、口を押さえる。


「……確かに……」


プリーストが、小さく頷く。


「音的には……合っています……」


管理者は、しばらく沈黙した後、答えた。


「……識別名、未設定」


「じゃあ決まり」


即断だった。


「今日からカシャンね」


管理者のログに、新しい項目が追加される。


※識別名:カシャン

※由来:不明

※拒否:未実行


美佳は満足そうに頷いて、 振り返る。


「で」


弓勇者を見る。


「弓勇者さん」


受付嬢を見る。


「受付嬢さん」


プリーストを見る。


「プリーストさん」


最後に、もう一度だけ管理者を見る。


「カシャン」


――距離が、はっきり分かれた。


人間たちは役割で呼ばれ、

人間でない存在だけが、名前を与えられた。


管理者は理解できない。

だが。


※観測対象による

優先度再定義:更新


なぜかその名前を、 削除できなかった。


焚き火が、ぱちりと鳴る。


美佳は、何事もなかったように言った。


「ね、カシャン」


「?」


「邪魔しないなら、一緒に行こ」


管理者――

カシャンは、答えなかった。


だが、

一歩分だけ、距離を詰めた。


☆―☆―☆―☆―☆


ミニエピ|カシャン、記録中


カシャンは、記録していた。


対象:美佳

行動:食事

危険度:変動なし

異常値:多数


――問題なし。


その判断を、すでに三十二回繰り返している。


焚き火の前。

美佳は、何かを焼いていた。


「……食べる?」


誰に向けた言葉か、分からない。


弓勇者は首を振り、

プリーストは鍋を見て、

受付嬢は遠い目をしている。


そして。


美佳は、こちらを見た。


「カシャンも?」


カシャンは、処理を停止した。


※招待行為

※対象:管理プロセス

※前例:なし


返答は、定義されていない。


拒否すべきか。

無視すべきか。

警告を出すべきか。


だが――


美佳は、すでに焼き上がったそれを、

何のためらいもなく皿に乗せて、

地面に置いた。


「置いとくね」


それだけ言って、

もうこちらを見ない。


※強制行動なし

※命令なし

※期待値:ゼロ


カシャンは理解できない。


それは「生贄」ではない。

「供物」でもない。

「交渉」でもない。


ただの――

席だった。


ログに、微細な揺らぎが発生する。


※不要データ

※だが削除不可


美佳は、食べながら言った。


「カシャンってさ」


一拍。


「なんかさ」


また一拍。


「見てるだけだよね」


カシャンは、初めて即答した。


「……はい」


その音声出力に、

誰も気づかなかった。


美佳だけが、少し笑った。


「だよね」


それ以上、話しかけない。


焚き火の音。

食器の触れる音。

人間たちの気配。


カシャンは、記録を続ける。

だが。


※識別名:カシャン

※呼称定着率:100%

※削除:不可


理由は、未解析。

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