朝は、何事もなかった顔をする
朝だった。
焚き火は、すっかり冷えている。
灰の上に、誰かが踏んだ跡だけが残っていた。
美佳は、伸びをする。
「よく寝たー」
体が軽い。
疲れも、だるさも、残っていない。
いつも通りだった。
弓勇者は、少し離れたところで弓を点検している。
プリーストは、祈るでもなく、器を洗っていた。
どちらも、どこか静かだ。
「……なに?」
美佳が首を傾げる。
弓勇者は、視線を上げずに言った。
「朝って、こんなに落ち着いてましたっけ」
プリーストも、小さく頷く。
「昨日のこと……神殿に報告するとしたら、言葉を選びますね」
「書かなきゃいいじゃん」
美佳は、あっさり言った。
二人は、同時に黙った。
“書かない”という選択肢が、
この世界では通らないことを知っているからだ。
そのとき。
金属が、擦れる音がした。
一つではない。
複数。
近い。
弓勇者が、さりげなく美佳の前に立つ。
「……来てます」
プリーストは、祈りの姿勢を取らない。
代わりに、周囲を見る。
木立の向こうから、数人が姿を現した。
揃いの鎧。
紋章はあるが、派手ではない。
武器も持っているが、構えは甘い。
「……騎士?」
美佳が言う。
弓勇者は、首を振った。
「違う」
プリーストが、静かに補足する。
「正規軍でもありません」
彼らは、距離を保ったまま立ち止まった。
その中の一人が、咳払いをする。
「こちらは――」
言いかけて、少し詰まる。
「……調査、です」
美佳は、きょとんとした。
「なにを?」
一瞬の沈黙。
答えたのは、別の男だった。
「最近、規定外の事象が報告されている」
言葉は固いが、視線が泳いでいる。
「戦闘でもなく、依頼でもなく、しかし結果だけが残る」
「……あー」
美佳は、思い当たった顔をした。
「落とし物?」
その場の空気が、止まる。
調査員たちは、互いに視線を交わした。
「……討伐記録が、そう分類されている」
「へー」
美佳は感心する。
「便利だね」
誰も笑わなかった。
弓勇者が、一歩前に出る。
「で?」
「我々は」
調査員は、少し声を落とす。
「“危険かどうか”を確認するだけです」
「危険じゃなかったら?」
プリーストが聞く。
「……報告します」
「危険だったら?」
「……上が、判断します」
美佳は、ふうん、と頷いた。
「じゃあさ」
一歩、前に出る。
調査員たちが、無意識に身構えた。
「朝ごはん、食べる?」
「……は?」
「余ってるよ」
プリーストが洗った器を指す。
「回復するやつ」
弓勇者が、ため息をついた。
調査員の一人が、小さく言う。
「……任務中なので」
「そっか」
美佳は、あっさり引いた。
「じゃあ、勝手に見てていいよ」
背を向けて、歩き出す。
「私、今日は魚の気分だから」
調査員たちは、誰も止めなかった。
止められなかった。
誰も、命令されていないからだ。
――排除せよ、とは。
――拘束せよ、とも。
彼らはただ、
“見てこい”とだけ言われている。
それが、一番困る命令だと、
美佳は知らない。
世界は、彼女を危険視し始めていた。
だがまだ、
どう扱えばいいのか、
誰も分かっていなかった。




