それ、交換できる?
焚き火の前。
肉が焼ける音がしている。
香ばしい匂いが、風に乗って広がる。
「ご飯食べるー?」
美佳が、いつもの調子で声をかけた。
「今日はチキンだよー」
勇者一行は、もう驚かなかった。
いや、正確には
驚くことを諦めていた。
「……いただきます」
誰かが、静かに言う。
こうしてまた、 勇者と“尾行対象”は、 同じ火を囲んで座っていた。
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食事が一段落したころ。
美佳は、地面に置いてあった自分の装備―― いや、道具を手に取った。
枝とゴムのパチンコ。
少し煤がついている。
それを、弓勇者の持つ弓と見比べる。
じっと。
「ねえ」
弓勇者が顔を上げる。
「それさ」
美佳は、弓を指さした。
「このモンスターの欠片と、交換できる?」
焚き火が、ぱちっと音を立てた。
「……え?」
弓勇者は、聞き返す。
美佳は、無造作に袋を差し出す。
中には、 角、爪、硬い皮、 魔力を帯びた骨片。
「これ」
一瞬。
弓勇者の目が、
職業的に見開かれた。
「……それだけあれば」
声が、少し裏返る。
「もっと、いい装備が作れますよ」
美佳は首をかしげる。
「買いに行くの、めんどくさい」
即答だった。
「交換のほうが早くない?」
沈黙。
勇者一行の誰かが、
小さく咳払いをした。
弓勇者は、弓を見る。
自分の弓。
ギルドで支給された、
それなりに良い武器。
誇り。 職業。 象徴。
それから、
美佳の差し出した欠片を見る。
「……これ」
ぽつり。
「ギルドに出したら、かなりの額になります」
「へえ」
美佳は興味なさそうに言う。
「じゃあ、いいじゃん」
完全に価値が噛み合っていない。
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弓勇者は、しばらく黙っていた。
火が揺れる。
肉の匂いが残る。
「……あの」
勇者が言う。
「本当に、それでいいんですか」
美佳は、にこっと笑った。
「うん」
一拍。
「これなら、もっと簡単にチキン取れるでしょ」
その一言で。
弓勇者の中の何かが、折れた。
「……分かりました」
弓を、差し出す。
美佳は、受け取った。
軽く構えてみる。
「おー」
弦を引く。
「楽」
それだけ。
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その場で。
弓勇者は、 弓を失い。
プライドを失い。
代わりに、 ギルド提出用のモンスター素材を手に入れた。
誰も、
「それは取引として正しいのか」 とは言わなかった。
言えなかった。
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その夜。
勇者一行の記録に、こう書かれた。
・対象、弓装備を取得
・取得経緯:物々交換
・本人に強化の自覚なし
・目的:食料確保の効率化
最後に、
小さく追記。
※武器を「道具」として扱っている
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美佳は弓を肩にかけながら、 満足そうに言った。
「これでしばらく、食事に困らないね」
世界は、また一歩遅れた。




