一緒に食べる?
火は、すでに起きていた。
美佳は手慣れた様子で枝を組み、 石を並べ、 肉を焼いていた。
じゅう、と音がする。
香りが、辺りに広がる。
「……うん、当たりだな」
ひとり頷く。
そのまま、何気ない声で言った。
「ねえ」
呼びかける相手は、いないはずだった。
だが。
「そこにいる人たち」
視線は、森の影。
「一緒に食べない?」
一拍。
勇者一行、凍る。
「……」
「……」
「……今、見えてる?」
「……聞こえてるよな?」
美佳は振り返らない。
肉をひっくり返しながら、続ける。
「さっきからずっとついてきてるでしょ」
あっさり。
責めるでもなく。 驚くでもなく。
「たぶん、お腹空いてるんだよね?」
完全な勘違いだった。
だが―― 否定できなかった。
誰も、動けない。
「これ、美味しいよ」
肉を一切れ、串から外す。
「さっきの川のやつ。 脂のノリいい」
勇者の一人が、震える声で言う。
「……気づいて、いた?」
「うん」
即答。
「でも、気にする理由なかったし」
意味が分からない。
だが、美佳は本気だった。
「監視?尾行?よく分かんないけど」
肉を皿代わりの葉に置く。
「空腹で誰か追いかけるの、しんどいでしょ」
沈黙。
勇者一行、ゆっくり姿を現す。
警戒は解けない。 武器も離さない。
だが、足は止まった。
「……」
「……」
「……どうする?」
一番若い勇者が、ぽつり。
「……食べる?」
その時点で、
彼らはもう負けていた。
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輪になる。
火を囲む。
同じ肉を、同じ火で焼く。
美佳は楽しそうだった。
「遠慮しなくていいよ。 いっぱいあるし」
勇者が、恐る恐る口に運ぶ。
一口。
「……」
二口。
「……うまい」
誰かが、力なく笑った。
「……俺たち、何してるんだろうな」
誰も、否定しない。
討伐対象。 監視対象。 危険存在。
そう報告されていた相手と、 火を囲んで食事をしている。
「……君は」
勇者の一人が、意を決して聞く。
「何者なんだ?」
美佳は少し考えた。
ほんの一拍。
「旅行者?」
即答だった。
「あと、今はちょっとお腹空いてる」
それだけ。
勇者たちは、うつむく。
自分たちが背負ってきた、 勇者という役割が、 急に重く感じられた。
「……俺たちさ」
別の勇者が言う。
「世界を守るために、戦ってるはずなんだ」
「へえ」
美佳は相槌を打つ。
「大変だね」
本当に、他人事だった。
「でもさ」
肉を食べ終えて、立ち上がる。
「今のところ、誰も困ってなくない?」
誰も、答えられない。
確かに。
被害はない。 町は無事。 人も生きている。
困っているのは―― 判断できない側だけだ。
「……じゃ」
美佳は軽く手を振る。
「またね」
「……また?」
勇者の声が裏返る。
「うん」
笑う。
「お腹空いたら、声かけてくれていいよ」
完全に、対等な距離だった。
上下も。 敵味方も。 使命も。
全部、関係ない。
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美佳が去ったあと。
勇者一行は、しばらく動けなかった。
火が消える。
静かになる。
誰かが、ぽつりと言った。
「……報告、どうする?」
別の誰かが答える。
「……正直に書け」
一拍。
「“危険行為なし。モンスターは食べられた”」
沈黙。
「……誰が信じる?」
答えはなかった。
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その夜。
ギルドに届いた追加報告には、 こう書かれていた。
対象は、
こちらを敵とも味方とも認識していない
そしてそれが、
最も判断を狂わせる




