尾行対象、自然発生中
美佳は歩いていた。
特に急ぐでもなく、
目的地があるでもなく、
ただ、腹具合と気分に任せて。
「……なんか、視線あるな」
ぽつり。
だが、気にしない。
振り返らない。 探らない。 警戒しない。
そのまま歩く。
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後方。
物陰。
建物の影。
「……今、気づいたか?」
「いや、たぶん独り言だ」
「いやでも今のは――」
「黙れ、足音立てるな」
四人。
武器を隠し、気配を殺し、
完璧な尾行を心がけている――はずだった。
「……なあ」
一人が、耐えきれず小声で言う。
「なんで俺たちが、 “討伐対象”を尾行してるんだ?」
誰も答えない。
答えがないからだ。
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美佳は町を抜けた。
畑。 川。 草地。
だんだん、人の気配が薄くなる。
「……あ、釣れそう」
川を覗き込む。
水面が揺れる。
次の瞬間。
「ほいっ」
手を突っ込んで、引き上げる。
ぬらり。
「……魚じゃないな」
長い。 ぬめる。 牙がある。
「川モンスターか」
初見なのに、即理解。
抵抗される前に、
そのまま地面に叩きつける。
どん。
「……よし」
満足そう。
後方。
「……倒した?」
「……素手で?」
「いや今の、釣りじゃないよな?」
「釣りだったらまだ理解できた」
理解は、追いつかない。
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美佳は、その場で座り込む。
「……これ、食べられるかな」
迷いはない。
火を起こす。 いつの間にか覚えている。
「だって、魚系だし」
基準が雑。
焼く。 食べる。
「……おいしい」
それだけで結論。
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尾行組、硬直。
「……食ったぞ」
「……食ったな」
「討伐じゃない……狩猟……?」
「いや、調理まで行ってる……」
誰かが、震える声で言う。
「……報告、どう書く?」
沈黙。
誰も、ペンを取れない。
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食後。
美佳は立ち上がり、軽く伸びをする。
「……今日、豊作だな」
完全に“野営モード”。
テントも張らず、
火を消し、
川で手を洗う。
そのまま、歩き出す。
目的はない。
だが、世界のほうが、ついていく。
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途中。
茂みが揺れる。
今度は、向こうから来た。
牙。 爪。 明確な敵意。
「……あ」
美佳、立ち止まる。
一拍。
「そっちから来るタイプか」
次の瞬間。
跳躍。 回避。 掴む。
「よいしょ」
足を取られたモンスターが転ぶ。
「ごめんね」
謝る。
「でもこれも弱肉強食」
遠慮はない。
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尾行組、完全に黙る。
「……襲われても、対応が早すぎる」
「回避が……戦士より洗練されてる」
「なのに、技名も詠唱もない」
「……あれ、何者だ?」
誰も、答えられない。
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夕方。
美佳は、また町へ戻る。
そのまま、ギルド。
受付嬢が顔を上げる。
一瞬、固まる。
「……あの」
美佳は、カウンターに袋を置く。
「これ、落ちてました」
袋の中。
さっきのモンスター。
素材。 部位。 綺麗に処理済み。
受付嬢、目を閉じる。
「……確認します」
奥で、誰かが頭を抱える音がした。
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その夜。
ギルドの会議室。
報告書。
・討伐依頼:未受注
・討伐報告:なし
・回収物:有
・被害:なし
・周囲への影響:不明
・本人の自覚:なし
最後に、赤字で追記。
※対象は
「善悪」「危険」「常識」
のいずれにも属さない
誰かが言った。
「……もう、追っても意味がないのでは」
別の誰かが、答える。
「意味はある」
一拍。
「“何をしないか”を、確認する意味は」
沈黙。
世界は、まだ決めきれていなかった。
この存在を、
止めるべきか。
放っておくべきか。
その間にも。
美佳は宿で、ぐっすり眠っていた。




