月の欠片・起動(※誰も呼んでない)
ポケットの中で、
月の欠片が、もう一度だけ震えた。
美佳は足を止める。
「……あ」
理由はない。
合図もない。
ただ、
“そろそろ”だと分かった。
取り出す。
欠片は、さっきより少しだけ明るい。
白じゃない。
月の光とも違う。
その奥に、
“別の場所”が重なって見える。
「これさ」
誰に言うでもなく、
美佳は呟いた。
「行けるやつだよね」
答えはない。
でも、
否定もない。
美佳は、
握り直した。
次の瞬間。
――足元が、消えた。
落ちない。
沈まない。
ただ、
立っていた“月”という前提だけが、
すっと抜け落ちる。
音が、戻る。
風が、戻る。
重さが、戻る。
「……うわ」
思わず声が出た。
視界が、書き換わる。
白は消え、
代わりに――
色が多すぎた。
木。
石。
布。
金属。
遠くで、
何かがぶつかる音。
誰かの声。
「……ちょっと待って」
美佳は、反射的に辺りを見る。
さっきまでの月は、ない。
かぐや姫も、いない。
代わりに。
「……人、多くない?」
足元は、石畳。
空気は、湿っていて、
匂いが混ざっている。
焼いた肉。
汗。
革。
「……あー」
理解が追いつく前に、
納得が先に来た。
「これ、完全に町だ」
月の欠片は、
もう光っていなかった。
ただの、
少し白い石みたいに、
手のひらに収まっている。
美佳は、
それをもう一度ポケットに入れた。
「……帰り道、確保できたなら」
小さく頷く。
「まあ、いっか」
前を見る。
掲示板がある。
鎧を着た人がいる。
剣を持っている人が、普通に歩いている。
「……あ」
美佳は、
ひとつだけ思い出した。
「ギルド証、持ってないな」
でも。
困るより先に、
口元が緩んだ。
「ま、聞けばいいか」
こうして。
月は、
何も告げず。
世界は、
何も説明せず。
美佳だけが、
次の場所に立っていた。




