転生って言った?聞いてない!!
※この作品は暴走超特急です。途中下車はできません。あらかじめご了承ください。
河原を散歩していただけだった。
天気はいいし、風は涼しいし、特に考え事もない。
美佳は、ただ歩いていた。
――そこで、視界に入った。
巨大な桃。
川辺に、どっしりと鎮座している。
人ひとり分は余裕でありそうなサイズ感。
赤くて、つやつやしていて、やたらと完成度が高い。
「……」
美佳は立ち止まり、少し首をかしげた。
桃の少し手前、川沿いの柵に、
見覚えのない案内板が立っていることに気づく。
矢印と、読めそうで読めない文字列。
行き先、みたいだ。
「駅みたい」
呟いてから、美佳は肩をすくめた。
「……美味しそう」
不審がる様子は、なかった。
普通なら「なんで?」とか「危なくない?」とか思うところだが、
美佳はそういう思考をすっ飛ばす。
「食べていいのかな、これ」
周囲を見回す。
誰もいない。
注意書きもない。
「まあ、置いてあるってことは……」
美佳はそう言って、桃に手をかけた。
次の瞬間。
ぱかっ。
桃が、音を立てて割れた。
「お」
中は空洞で、果汁がたっぷり残っている。
美佳は特に躊躇もなく、かぶりついた。
「甘っ」
満足して、食べ終わる。
そのとき、
川の音が、一定のリズムに変わった。
とん、とん、とん。
まるで、遠くで発車ベルが鳴ったみたいに。
そして。
つるっ。
「――あ」
足を滑らせた。
果汁で濡れた地面。
勢いそのまま、美佳は――
空になった桃の中に、ダイブした。
視界が反転する。
「わ、ちょ――」
ごとん。
桃が閉じた。
外からは、川の音。
内側は、意外と安定している。
揺れが、一定になる。
「……ま、いっか」
美佳はあっさり納得した。
「発車したな」
不安は、ない。
桃はそのまま、川に落ち、
どんぶらこ。どんぶらこ。
---
しばらくして。
衝撃。
がたん。
揺れが止まり、
川の音が、別の音に切り替わる。
外から、悲鳴。
「いたたたたた——!」
桃が傾き、
持ち上げようとした何かが、力尽きた気配。
どさっ。
再び、桃が割れる。
「……あ」
外の光が差し込んだ。
そこにいたのは、腰を押さえてうずくまる老婆。
その背後、
川を跨ぐように架けられた簡素な橋。
橋のたもとには、
さっきとは別の、案内板。
行き先は、ひとつだけ。
――鬼ヶ島。
「お婆ちゃん、大丈夫!?」
美佳は、自分が原因だという事実を一瞬で棚に上げ、
全力で駆け寄った。
「大丈夫、大丈夫……ちょっと腰が……」
そのとき。
「ただいま戻ったぞ——」
声と同時に、視線が刺さる。
老爺。
割れた巨大な桃。
見知らぬ女。
しかも、妙に今風の着物。
「……」
「……」
沈黙。
「なんだ、その着物は」
「え?これ?私の普段着だけど?」
説明は一切、噛み合わなかった。
老爺は美佳を睨み、
老婆を見て、
もう一度、美佳を見る。
「……お前は、鬼の仲間か」
「え?」
「ならば――ここにいてはならん」
老爺は、びしっと川の向こうを指さした。
橋の先。
案内板。
行き先。
「鬼ヶ島に行け」
一拍。
「あー、はいはい!」
美佳は、ぱっと手を叩いた。
「鬼討伐のやつね?」
「……なに?」
「ちょっと待って。道中お腹すくから」
美佳は老婆を見る。
「きび団子、ある?」
「……あるが……」
「やった。じゃ、行ってくるね!」
美佳は、割れた桃を見下ろした。
「この桃、結構丈夫そうだし」
その瞬間。
どこからか、
場違いなくらい元気な声が響いた。
『ダァシエリイェス!!』
――その瞬間だった。
川の音が、変わる。
とん、とん、とん。
一定の間隔で刻まれる、聞き覚えのあるリズム。
美佳は反射的に、桃の縁を掴んだ。
「……あ」
揺れが、来る。
「これ、乗るやつだ」
理解したときにはもう、
桃は流れに身を任せていた。
次の瞬間。
ぽちゃん。
割れた桃は、川に戻された。
美佳は迷わず、
その中に飛び込んだ。
「じゃあねー!」
「もう帰ってくるな!!」
老爺と老婆の叫びを背に。
桃は再び流れ出す。
どんぶらこ。どんぶらこ。
――こうして。
美佳は、
転生した覚えも、死亡した記憶もないまま、
昔話界の路線に乗り込んだ。
なお、この時点で。
「帰れ」と言われていることを、
美佳はまだ、深刻には受け取っていない。




