所有者の権限
この裏切りものめ。
「こんなつもりじゃなかったの」
何に対しての謝罪なのかよく分からないまま、わたしは座り込んでいた。
心が痛くて、涙が熱くて、喉が痛くて。
けれど、それ以上に世界は冷たく硬い。
唇に乗せて、浮いた悲鳴が、跡形も無くぼたぼたと腐り堕ちる音が聞こえた。
触れた瞼は、まだ柔らかい。
「ねぇ、違うんでしょ。嘘なんでしょ。全部、全部、ぜんぶ」
何が。決まっている。全てだ。
愛しているが、哀しているに変わり、すぐに穢しているに変わったなんて、とうの昔に気づいていたのに、気づかないふりをしていたことが、そんなにも罪だったと言うのだろうか。
甘い夢。辛い指。暖かい肌。冷たい眼。
縋りついた体の厚みは、まだわたしに時の流れを知らせたけれど、喪ったものよりも得たものの法が多かったと、ずっと信じていたのに。
この裏切りものめ。
「すき、って言ったじゃないの。わたしに、何度も言ったじゃない」
だからわたしは、あなたを愛していたのに。わたしの所有物になってくれると思ったから、なってくれると言ったから。
わたしはあなたを心の底から愛していたのに。
あなたが欲した体だって、わたしはちゃんと捧げたのに。
何がそんなに不満だったというの?
答えなさいよ、この屑が。
「ちょっと、腕をもいだだけなのに」
だって、他の女の匂いがしたんだもの。
わたしの所有物なのに、わたし以外の所有印をつけているから。
だから、ちょっとだけ、もいだだけなのに。
他の女を抱けないように、ちょっとだけ。
なのに、そんなに怒ることないじゃない。
殺そうとすること、ないじゃない。
「好きなのに」
好きなのに
「愛しているのに」
哀しているのに
「どうして、勝手に死んだりするのよ」
ちょっと、後頭部を殴ったくらいで。
「目を開けて」
勝手に死ぬなんて、許さない。
わたしの所有物なのに。
自由になれた、なんて。
嬉しそうに死ぬなんて、許さない。
だって、わたしは、あなたを、
所有してるんだから。
「許さない」____何を?