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朔の天国と地獄

フローライト第百九話

一月半ば、ようやく朔が利成のところを訪れた。初日は美園も一緒に利成の家に行った。明希が嬉しそうに「二人共、いらっしゃい」と満面の笑みで迎えてくれた。


アトリエには幅が二メートルものキャンバスが張られたものが出来上がっており、かなりな大作になりそうだった。朔と利成が二人でどんな絵を描くかの話し合いから始まった。互いのイメージを出し合い、それを合わせるのはかなり大変なことだろうと美園は思う。


二人がアトリエで話し合っている間、美園は明希と一緒にリビングでコーヒーを飲みながら話した。


「朔君、元気そうで良かった」と明希が言った。


「ん・・・ようやくね、トンネルを出たって感じだよ。それまでまったく描けなかったみたいだから」


「そうなんだ、でも、良かった。一緒にやることができて」と明希は嬉しそうだ。


「うん、そうだね」と美園も少し微笑んだ。


「○○〇の社長さんとはどうなの?何かすごい人なんだって?」と明希が言う。


「まあ・・・すごいかな・・・」


「その社長さんが朔君の面倒みてたって聞いたけど・・・」


「うん、そうだよ」


「朔君、すごく大変だったんでしょうね・・・」と明希が窓の方に視線を移す。今日は晴れているが気温は低かった。


「明希さんは、咲良に嫉妬しなかったの?」


美園が聞くと、明希は少し驚いたような顔をしてから微笑んだ。


「みっちゃんからそんな言葉を聞くなんて・・・。みっちゃんも成長したんだね」としみじみ言われる。


「まあ・・・成長?かな?」


「成長だよ?そういう色んな感情を知っていくのは・・・。そうだね・・・私は嫉妬心の塊だったよ」と明希がコーヒーを一口飲んだ。


「塊?咲良に対して?」


「ううん、利成が関わったすべての女性だよ」


「・・・それは、相当な塊になりそうだね」


コーヒーを飲みながら美園が言うと、明希が声をたてて笑った。


「そうなの。もう大変だったよ。もちろん、一番葛藤したのは咲良さんだけど」


明希の言葉に美園が明希の顔を見ると、明希は過去を振り返るように少し冷めた表情をしていた。


「どうしてそれを乗り越えられたの?咲良を憎まなかったの?」


「憎んだよ、咲良さんも利成もね。死にたくもなったし・・・」


「そうなんだ・・・別れようとは思わなかったの?」


「思ったよ。本気でそうしようと決心したこともあったしね」


「じゃあ、どうしてし別れなかったの?」


「んー・・・どうして・・・かな・・・」と明希が首を傾げてから言った。


「私の初恋、利成なのよ」


「えっ?そうなんだ」と美園は驚いた。


「うん、幼馴染だったから家が隣同士でね・・・。その頃から好きだったの。だから再会できた時はほんとに嬉しかった」


「そうだったんだ、幼馴染は知ってたけど」


「うん、それからね、色んな事があったよ。子供、二回も死産だったし・・・その頃が一番きつかったかな」


「そうなんだ・・・」


「うん、最初は利成の女性関係なんて知らなかったし・・・私って思いっきりそういうことに疎かったのよ」と明希が笑った。そして続ける。


「そしてそれからあれよあれよという間に、利成の女性関係があらわれてきて・・・何とか消化しようと必死だった・・・。だって別れたくなかったからね」


「別れたくなかったの?私なら速攻別れるけど」


美園が冷静に言うと、明希が「アハハ・・・」と笑った。


「みっちゃんならそうだよね。私はウジウジしてるのよ。決めれないの。だからずるずると一緒にいた・・・それに、利成は私も愛してくれたのよ。それはわかってた・・・だからどんな人とつきあっても、私が一番だし、私が利成の妻なんだって・・・それが自分を支えてたんだよね・・・」


「うん・・・」


「でも・・・咲良さんがあらわれて・・・それは今までとは違うと感じたの」


「今までと違うって?」


「んー・・・今まではほんとに単なる”浮気”?っていうの?心が伴わない身体だけの関係・・・それも、一人の人と長くは続けない・・・そうだったのに、咲良さんとは二年も付き合った・・・それを知った時、本当にショックだった」


「・・・・・・」


「葛藤して、利成にも気持ちをぶつけて・・・だけどその頃まだ中学生だった奏空に悟らされたの」


「奏空に?」


「うん、”明希は利成さんに答えてない、利成さんは言葉や態度で明希をいつも愛してるって言ってるのに、明希は利成さんにそれをあらわしてない”ってね」


「・・・・・・」


「私もそうだなって反省した。利成からの愛を得ることばかり思って、何ですべてをくれないのかって恨んでいたのよ」


「そうなんだ・・・」


「うん、それでちょっとピンチは脱出したんだけど・・・その後、そんなこと言った奏空自身が私を苦しめたのよ」


「・・・奏空が咲良を連れてきたから?」


「そう・・・奏空が咲良さんを好きだって・・・何でよりにもよって咲良さんなの?って思ったよ」


「そりゃ、そうだね」


「週刊誌の記事、私、忘れてなかったの。咲良さんには今までと違う何かを感じてて・・・二人が関係を否定した時、それが本当だってわかったの。皮肉だよね」と明希が冷めた目でコーヒーを飲んだ。


「・・・・・・」


「利成が怪我をした時、私、わざと二人を二人っきりにしたの。それが免罪符のように私、やりたかったこと全部やろうと思った」


「やりたかったことって?」


「まず、大昔の元カレに会いに行った・・・」


「元カレ?」


「うん、○○〇ってバンド知ってる?今はもう解散しちゃったけど・・・」


「咲良が言ってたかな?聞いたことはある」


「そう?そのバンドのギタリストが私の元カレだったのよ」


「そうなんだ」


「事情が色々あってね、思いが残ってたの・・・だからその彼とホテルに行った・・・」


そこで明希が言葉を一回止めた。美園はコーヒーに目を落とした。


「そしてみっちゃんも知ってると思うけど・・・今の彼、一樹のところに行ったの・・・。一樹はずっと私のことを思っててくれて・・・結婚もしてなかった・・・だから必ず受け入れてくれるとわかってたから・・・」


「復讐だったの?」


「ううん、違うの。・・・あ、でもそういうところもあったのかな?ゼロではないね。ただ、利成が咲良さんを好きでも、私も好きなんだって知ってたのよ。私とは一緒にいたいと思っている・・・その言葉に嘘はないって・・・みっちゃん、わかる?人の気持ちはすっきり分けられないのよ」


「うん・・・」


「私はその元カレも長い間思ってた・・・ただ行動に移さなかっただけで、もしかしたらずっと利成を裏切っていたのは私の方かもしれない・・・利成は絶対顔に出さないのよ、みっちゃんもわかる?」


「うん、わかるよ」


「だから気づかなかった・・・そのことで深く傷ついてたみたい。それで咲良さんの妊娠を知った時、すぐに利成の子だとわかった。だって仕掛けていったのは私だからね。利成はそれに答えたのよ」


「答えた?わざとってこと?」


「そう・・・そこがね、利成の誤解を受けるところなんだけどね」と明希は少し肩をすくめてから続けた。


「私の気持ち、当然わかってたのよ。わざと二人っきりにした理由も・・・。私が一樹のところに行きたがってたことも・・・」


「・・・・・・」


「・・・咲良さんには悪いけど・・・私の免罪符になってもらった・・・咲良さんの妊娠まで考えたわけじゃないけど、その可能性も含めてね」


「・・・・・・」


「利成はね、何だかいつも冷めてるの・・・かつてのみっちゃんみたいに・・・」


「私みたいに?」


「そう。みっちゃんいつもすべて見通したように周りを見てたんだよ?気づいてた?」


「そうだっけ?」と美園は首を傾げると、明希は少し微笑んでから続けた。


「昔、利成が言ってたんだけど、世の中の動きが見えると、囲碁の定石みたいに大体の順番が見えて、すでに終わったことをなぞってるのと同じだって。できることができたって何にも面白くないし、すでに知っていることを知ったって嬉しくも何ともないって・・・まあ、私みたいな何の才能も持ってないものからしたら、贅沢極まりないこと言ってたんだよね」


明希が笑った。けれどその笑顔は少し寂しそうだった。


「一樹のところに行く時に利成は言ったの。”俺は明希とこのまま一緒にいたい”って・・・。でも、明希に任せるって・・・」


「・・・・・・」


「一樹の部屋にいた間、本気でこのまま一樹といようかと思ったけれど・・・それは何か違ったの。だって私は、利成も好きで一緒にいたかったんだもの」


「・・・・・・」


「結局、私、利成のところに戻った。もちろん、一樹との付き合いはそのままで・・・。一樹のところで三週間ほど過ごして家に帰宅したら、利成がリビングにいて「おかえり」って言ったの・・・。私も「ただいま」って言った。ついそこまで買い物に行ってきた感じでね」


そこでようやく明希が少しほころんだ顔をした。


「お互いに嫉妬心はないわけじゃない。でもお互いが大事なのも本当。一樹が好きなのも、利成が咲良さんを好きだと思ったのも本当・・・そしてね、みっちゃん、いつだって答えは目の前にあるのよ」


「目の前に?」


「そう、ここにみっちゃんがいる・・・私、みっちゃんを初めて見た時、ただ愛しかった・・・誰が生んだって利成の子だしね」


「・・・・・・」


「いま、またみっちゃんの前に朔君がいる・・・気持ちはそのせいで葛藤する・・・一度去ったと思った思いすら、また何度も押し寄せてきてもういいやと思う・・・でも、全部それが答えなのよ、みっちゃん」


明希が強い調子で言った。美園はどれほどの思いを超えてあきは今ここにいるのだろうと思った。


「・・・なーんてね・・・アハハ・・・熱弁しちゃった」と明希が可笑しそうに肩をすくめた。


それから二階から朔と利成が降りてきてリビングのドアを開けた。明希が「あ、終わった?」と立ち上がってキッチンの方に入っていった。


利成がソファに座り、朔は美園の隣に座った。


「決まった?」と美園が聞くと「まあ・・・」と朔が答えた。どことなくすっきりしないような言い方だ。


「何?決まってないの?」と美園は聞いた。


「いや、決まったよ」と朔の代わりに利成が答えた。


「どんな感じ?」と美園は利成に聞いた。


「まずイメージ画をそれぞれ描いて持ってきてみることにしたよ」


「そうなんだ、テーマはやっぱり天国と地獄?」


「そうだよ」と利成がチラッと朔の方を見た。美園が朔の方を見ると、朔は窓の外の方を見つめていた。


明希がコーヒーを入れて持って来て「決まったの?」と聞いた。


「それぞれまず描いてきてみることにしたんだって」と美園が答えた。


「そうなんだ」と明希が楽しそうにコーヒーを並べている。朔の前にコーヒーが置かれると、朔が少し頭を下げた。


「本格的に描く段階になったら、ここに泊まっていいよ」と利成が言う。


「あ、そうだね。その方がいいね」と明希も言った。


けれどそれを聞いて朔が不安そうに「でも・・・」と美園の方を見た。それに気が付いた明希が「みっちゃんも一緒にね」と笑顔を朔に向けた。


「いえ・・・」と朔が顔を赤らめてコーヒーに目を落とした。


 


帰り際玄関で利成が朔に向かって言った。


「朔君、描きたいものが何なのかとか、どう表現しようかとか、こんなイメージだとどうとか・・・頭の考えはいらないよ」


靴を履いていた朔が利成の方に振り返った。


「自分を表現する時に、頭の中の考えは邪魔な場合が多いからね」


利成の言葉に朔が「はい・・・」と頷いた。


表まで明希が出てきて「みっちゃんも朔君も、今回のこと、目一杯楽しもうね」と笑顔で言った。


「はい・・・」朔が照れくさそうに明希に頷いている。朔はどうやら明希も好きなようだ。


(おいおい、年上なら誰でもオッケー?)とちょっと突っ込みたい気分がまた出てきて、自分に苦笑した。


── 一度去ったと思った思いすら、また何度も押し寄せてきてもういいやと思う・・・ 。


さっきの明希の言葉を思い出す。どうやらこの”嫉妬”というのは、なりを潜めても何度も何度も自分を試してくるらしい・・・。


 


途中、スーパーに寄って朔と買い物をする。一応、帽子、サングラス、マスクまでして完全武装で美園は店に入った。


カートにカゴをのせて押していると、朔が「美園、何か作る?」と聞いてくる。


「そうだね・・・」と野菜コーナーを見た。


── 食べるものも大事なんだから・・・。という咲良の言葉を思い出して、適当に野菜をカゴに突っ込んだ。お米のコーナーで立ち止まって、そういやあんまりご飯なんて炊いたことないなと思う。


「朔、ご飯食べたい?」と美園は聞いた。


「うん、食べたいけど・・・」


「じゃあ、米でも買うか」とお米をの銘柄を見てみたが、どれがいいのかよくわからない。


「朔、どれがいい?」と聞いた。


「んー・・・」と朔が考えていると横から「これがいいよ」と声が聞こえた。美園が声の方を向くと、同じく帽子を深めに被った人が笑顔で立っていた。


「奏空、何よ?何でこんなとこいるのよ?」と美園が言うと、「利成さんのとこに行った帰り、美園が帰ったばかりだっていうから寄ってみようと思ったら発見しました」と明るい笑顔だ。


「それはいいけど・・・普通に素のままでいて見つからないでよ。こっちの変装が台無しになる」


美園が言うと、「何でそんな変装してるのさ、必要ないでしょ?」と軽いノリで言われる。


「何か言われるのが嫌なんだよ」


「そうなの?俺は平気」


「奏空はね」


「あ、朔君こんにちは。挨拶遅れた」と奏空が言うと「こんにちは」と朔が答えた。


「お米、これが美味しいよ」と奏空が言う。


「何で知ってるのよ?」と美園が言うと「だって俺、咲良といつも買い物に行くもん」と奏空が子供っぽい調子で言う。


「何が”行くもん”よ。子供じゃないんだからさ」と美園がその米の袋を持ち上げようとすると、奏空がかわりに持ち上げてカゴに入れた。


「何?お米炊くの?」と奏空が珍しそうに言った。


「そうだよ、悪い?」


「悪くないよ。美園、何でそんなに突っかかるのさ」と奏空が笑っている。


(あー・・・奏空こそ、何でいつもそんな脳天気でいられるのよ?)と美園は思う。


「払ってあげる」と奏空がレジに並んだ。美園がレジの反対側で朔と一緒に待っていると、奏空がカードを出しているのが見えた。おまけにレジの女性に話しかけられている。


(あーあ、もうこっちの変装がバカらしくなってきた・・・)と美園はマスクをとった。


奏空が支払いを済ませ、作荷台に商品の入ったカゴを置いた。するとすぐ隣で袋詰めをしていた女性が奏空を二度見してから、考えているような顔をしていた。


(これは・・・早くここを去らねば・・・)


奏空はいいけど、自分は朔のことを事務所に隠している。ここでバレると面倒臭い。


「奏空、先に車行ってる。うち来る?」


「うん、じゃあ、後から行くから先に帰ってて」と奏空もわかっているのかそう言った。


 


「奏空さん、全然変装しないんだね」


車に乗り込むと朔が言った。


「奏空は元々何も隠さないからね」


「そうなんだ、じゃあ、何で美園は隠すの?」


「朔のこと事務所に言ってないんだよ。バレたら面倒」


「そう・・・」


マンションについて少し経つと、インターホンが鳴った。見るとカメラ越しに奏空が手を振っていた。


「いや、囲まれそうになったから急いで車に乗ったよ」と奏空が笑顔で言ってから、買ったものをが入った袋をキッチンの床に置いた。


「もう少し隠しなよ」


美園が言うと、「隠す方が面倒だよ」と奏空が言う。


美園がお米を取り出していると「何作るの?」と奏空が聞いてくる。「さあ?」と美園が言うと「何?決まってないの?」と奏空が言った。


(そういや、炊飯器・・)と美園はキッチンの棚や何かを開けだした。炊飯器はどこかにあるはず。


(引っ越しの時、あったよね)と思う。


「何、探してるの?」と奏空が聞いてくる。


「炊飯器」と答えると、奏空が「えっ?何、使ってたんじゃないんだ」と笑う。


「使ってたよ。前のマンションで」


「それだいぶ前でしょ」と奏空もその辺りを探し出した。


「何、探してるの?」と朔が二人の行動に気が付いて聞いてきた。


「炊飯器」と美園が答えると「炊飯器?」と朔が首を傾げた。それから全然違う部屋の方に行った。そして戻ってきて「これ?」と言う。


見ると朔がまだ段ボールの中に入ったままの炊飯器を手に持っている。


「あ、それ」と美園は朔から段ボールを受け取った。開けてみると新品のままだった。


「何だ、使ってないでしょ」と箱の中を覗き込んだ奏空が言う。


「えー使ったと思ってた」


「どうやら使ったつもりだったみたいだね」


奏空が炊飯器の説明書を取り出してパラパラとめくった。


 


結局、ご飯だけ美園が炊いておかずは奏空が作った。三人でテーブルを囲んでご飯を食べる。


「咲良に言ってあるの?ご飯食べてくって」と美園はのんきに食べている奏空を見て言う。


「大丈夫、ラインしたから」と奏空が言う。


「本格的に始まるんだって?合作」と奏空が朔に聞いた。


「はい・・・」と朔がご飯を食べながら言う。


「朔、こぼれてる」と美園は朔がこぼしたご飯を拾った。相変わらず、ご飯をぼろぼろとこぼしながら朔は食べている。


「何か、元気ないね」と奏空が朔を見て言う。


「あ、いいえ」と朔が言う。


「何かピンとこないところがあるの?」と美園は聞いた。


朔はもそもそとご飯を咀嚼してから考えている。


「気になる事あるなら言ってよ」と美園は聞いた。


「・・・俺何かが天城利成さんと合作していいのかな・・・」


朔が呟くように言った。


(あ、何だ、そういうこと?)と美園は思う。朔はまた自信を無くしているのだ。


「朔君、逆だよ」と奏空が言う。


「逆?」と朔が奏空の方を見た。


「そ、逆逆、利成さんなんかが朔君と合作していいのかな、だよ」


「えっ?」と朔が驚いている。


「社会というフィルターを通せば利成さんは確かにすごいけど・・・実は、本質からみたら朔君の方がすごいんだよ」


「・・・どういう・・・?」と朔がきょとんとしている。


「奏空、その言い方じゃ意味がわからないよ」と美園は味噌汁を飲んだ。これも奏空が作ったものだ。


「そうか・・・んー・・・どう説明するか・・・この世界の言語は常に不便だ」と奏空が考えている。


「朔、利成さんにフォーカスしないで、自分にして」と美園は言った。


「そうそう。朔君は”自分がダメ”っていうフィルター越しに見るから、自分がダメなものをそこに見るんだよ。そこは一旦リセットしようか?」と奏空が優しい目で朔を見る。


「リセット?」


「うん、そう・・・と言っても・・・今の朔君のエネルギー状態じゃ無理か・・・」と急に奏空が立ち上がって朔の後ろ側に回った。朔が驚いて振り返っている。


「前向いて、リラックスして」と奏空が朔の肩を揉み始めた。それから「あー・・・そうか・・・」と奏空がひとり言を言っている。けれど奏空が朔の肩から背中にかけて揉み始めると、朔がだんだん気持ちよさそうな顔になっていった。


「朔、気持ちよさそうだね」と美園は言った。


「うん・・・」と朔が言う。


十五分かに十分くらいだろうか、奏空が朔の肩から背中をもみほぐしていた。その間朔はだんだん眠そうな顔になっていく。


「オッケー、ちょっと調整しといたから少しの間はもつよ」


奏空がそう言って自分の座っていた場所に戻った。


「調整?」と朔が聞いた。


「うん、ずれてるところとか、エネルギーが偏ってるところとか、調整しといた」


奏空がニコニコとしながら言うと、朔が首を傾げている。


「どう?身体、少し軽いでしょ?」と奏空が言うと、朔が腕や首を回してから「ほんとだ」と言った。


「奏空、その魔法、私にもやり方教えて」


美園が言うと、奏空が笑った。


「魔法じゃないって」


「魔法みたいもんじゃん。昔、メンバーの人が怪我した時も何か魔法使ったって聞いたよ?」


「怪我なんてした?」


「あ、ねん挫だっけ?」


「あ、そうそう。 黎斗 が昔ねん挫したことあったね」


「その時歩けなかったのに直したって・・・」


「あー・・・あれか。生番組が控えてたからね、しょうがなくて応急処置したっけ」


「魔法使ったんでしょ?」


「アハハ・・だから、魔法じゃないって。だけどあの時のは裏技ではあるからあんまり使わないけどね。でも今のは普通のことだよ。誰でもある意味できる」


「じゃあ、教えてよ」


「今度ね」と奏空がさらっと言う。


 


奏空が帰ると、朔が「美園、一緒にお風呂入ろうよ」と言ってきた。こういう時はよほどのことがない限りは断らないように気をつけている。


(だけど生理の時は、ちょっと困るんだよね・・・)


そう思いつつも今日はまだ大丈夫だったので一緒に入った。湯船に入ると朔が「奏空さん、すごい不思議な力持ってるね」と言った。


「そう?どんな感じだったの?」


「何か・・・すごい落ち着いてきて・・・眠くなって・・・絵が描けそうな気がしてきた」


「そう。良かったね」


美園がそう言うと、朔が「うん」と嬉しそうに笑顔になった。


奏空のマッサージが効いたのかどうかはわからなかったが、最近いつもだるそうにしてベッドに入ってもすぐに寝ていた朔が、久しぶりに美園に求めてきた。しかもだいぶ盛り上がっている様子だった。美園もセックスは嫌いじゃなかったけれど、物凄くしたいわけでもなかった。


「美園」と名前を呼びながら美園の奥まで突いてくる朔が「美園・・・中に入れたい・・・」というので美園は少しギョッとして「ダ、ダメ!」と言った。それでも朔が「入れたい・・・」と言いながら美園の身体を揺さぶるので美園は「絶対ダメだよ」と言った。


「黎花さんは中に出させてくれた・・・」と朔がとんでもないことを言ってきた。


(は?どういうこと?)


「もう、出そう・・・いい?」と朔が言う。


「絶対ダメ」と美園は身をよじって朔から離れようとした。


結局、美園が朔から離れた途端、朔が射精したので中には出さずに済んだ。そのかわり、シーツや布団を汚してしまった。


(黎花さんは、中に出してオッケーだったの?)


わけがわからない・・・ピルでも飲んでたんだろうか?


後始末を終えてから美園は朔に言った。


「黎花さんは中にだしてオッケーだったの?」


そう聞くと朔はひどく困ったような顔をして「・・・ごめん・・・」と言った。


「いや、怒ってないから、普通に聞いてるの」


「・・・たまに・・・」


「たまに?毎回じゃないんだ」


「うん・・・」


「朔、私はそのまねできないよ。ちゃんとゴム使ってくれないと」


「うん・・・ごめん・・・何かすごく気持ちよくなっちゃって・・・」


(あー・・・奏空のマッサージのせいじゃないでしょうね)とちょっと思う。


 


「ごめんね・・・」と布団に入ると朔がまた謝ってきた。


「大丈夫だよ。気にしてないから」


「うん・・・」と朔が身体を寄せてくる。


朔の髪を撫でながら(黎花さんって何者?)と思う。朔のために自分が避妊してたんだろうか?それとも他の理由?


どうやら黎花にはまだ色んな何かがあるみたいだと、美園は思いながら目を閉じた。

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