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君のための魔王になりたい―転生ミミックの恋愛譚―  作者: 佐賀ロン
とりあえず兄モドキと決着をつけよう
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大切にしたい

 スティンザー効果、というのがある。

 それによると、対面する位置は意見が対立しやすく、隣に座る方がずっと距離が縮めやすくなるそうだ。

 俺は慎重に言葉を選びなから、切り出してみることにした。


「……ヒナタさんを思い出すから、俺が代わりに戦うのは怖い?」


 俺がそう言うと、ヒナさんの肩が僅かに揺れた。

 訓練場でヒナさんから伝わった複雑な感情は、そこだったのか。

 魔猪の時とは違う。『戦いたい』という気持ちより、『戦わなければ』という感情。

 それは研ぎ澄まされた信念というより、視野の狭まった脅迫概念のようにも思えた。

 俺は、自分が強く拳を握っていることに無自覚なまま、言葉を探した。


「自分の代わりに誰かが傷ついて欲しくないとか、自分を守ってくれる人を加害者にしたくないっていうのは、ヒナさんの優しさだってわかるけど」


 ヒナさんが恐れていることはわかる。

 俺は魔王にならなくても、ローレンス伯爵に対して、『即死』を掛けた。

 だがそれは俺が負うべき責任で、ヒナさんが殺そうとしたわけじゃない。ヒナタさんもきっとそうだった。なのに、それを自分が肩代わりさせてしまったと思うことがわからなかった。

 そもそも、わかりたくないことだった。


「ヒナタさんの代わりに罪悪感を押し付けられたり、自分を傷つけるような態度をとられる方が傷つくって、思わないのかよ」


 言ってから、数秒後。

 自分が言った言葉を頭の中で反芻して、思わず固まった。


 ……や、やっちまったぁ――!

 後悔しても、言った言葉は戻せない。

 それに、訂正する気もおきなかった。それが俺の正直な気持ちだったからだ。


 俺を日本へ返そうとするのも、自傷行為みたいな名付けも、魔王セーレのようにしたくないという気持ちも、全部ヒナさんが「自分が悪い」と考えているからじゃないかって思ってしまう。

 やめてくれ。俺がヒナさんに何かしようとするたび、ヒナタさんを思い出すのは。俺が、ヒナさんのためにしたいと思う気持ち自体を否定しないでくれ。

 ちゃんと俺を信じて頼ってくれ。もっと自分を大切にしてくれ。

 そんな願いすら負担だと突き放されているみたいだ。


「そんなんじゃないよ」


 謝るか待つか悩んでいると、先に切り出したのはヒナさんだった。

 ヒナさんは俺の言葉に怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもなく、毅然とした態度をとっていた。


「ヒムロさんはきっと、私の過去を見て、私のために怒ってくれたでしょう?」

「……当たり前だろ」


 俺がそう返すと、「当たり前か」とヒナさんは零した。


「ヒナタさんも怒ってた。真っ当な感性を持っていたら、私の置かれた境遇は怒るのが普通だと思う。

 でも昔の私は、それがわからなかった」


「感情を放棄してたから」何かを思い出すように、ヒナさんが目を伏せる。

 ……俺は今、とても残酷なことを言ったかもしれない。

 謝ろうとして、また先にヒナさんが口を開いた。


「相手の境遇に心を寄せるって、自分の心がないと無理なんだと思う。私は感情を放棄していたから、心が読めても共感することは無かったし、義憤も同情も起きなかった。

 そのせいで、ヒナタさんだけじゃなくて、沢山のものを取りこぼしたと思う」


 頭の中にローレンス伯爵やユイ・タナカ、ヒナさんの義母や、父親や、兄モドキの顔が浮かぶ。

 ヒナさんの目が、ゆっくりと開く。


 ヒナさんの青い目が俺と合う。

 俺の顔を映したヒナさんの目が、細められた。


「今ならそれがわかるから、あの頃の自分のために怒りたいんだ。……つまりね」


 ぐっ、と握りこぶしを作り、ヒナさんは大きな声で宣言した。




「今度こそ誰かに任せないで、自分でバカ兄をぶちのめしたいの!!」



 の、のー、のー……と、頭の中でエコーがかかる。

 その、力強い宣言に、俺は呆気にとられていた。


『……ひ、引いてる?』

「あ、いや!」


 何も反応しない俺を見て、ヒナさんの不安の声が流れてくる。


「ヒナさんのことが好きだなあ……って思った……」


 精神世界では勢いをつけないと言えなかったのに、こぼれるように言っていた。


 もしもヒナさんが「誰かのために」兄モドキのところへ行くって言うなら、全力で止めた。

 けどヒナさんは、「自分のために」戦うことを選んだ。だったら、止める理由なんてない。


 ヒナさんはずっと怒っている。

 傷つけられてきた事、脅されていること、自分の友人を傷つけられていることに怒っている。――自分のために怒っている。

 それがわかって、目の前が開けたような、嬉しい気持ちになった。


 俺がそう言うと、「そ、そうなんだ?」とヒナさんが戸惑う。

 ヒナさんは目を泳がせて何かを考えた後、こう続けた。


「その、ね。ヒムロさんが言った通り、ヒナタさんを思い出すのは、確かにそうだよ」


「でもヒムロさんは、ヒナタさんの代わりなんかじゃない」真っ直ぐな声で、そう告げられた。


「……ごめん。わかってるよ」


 ヒナさんがそう言う人じゃないのは、よくわかっている。

 そう続けようとして、何故か思いっきり頬を挟まれた。

 叩かれたわけじゃないから痛くは無いが、妙に力が籠っている。


「わかってない。っていうか、私まだ返事返してない!」

「へ、返事って」

「好きって! 言ってない!」


 ……そう言えば、そうだったっけ。

 過去とか、言われたあとの反応で、言われたつもりでいた。


「ヒムロさんいつも心の中で私の事好きとか褒めまくってたけど! 私、ヒムロさんが思ってるほど良い人じゃないからね!? 全然優しくないし、自分のことばっかりだし!」


 そういうこと言ってる人は、大抵優しいんだよなあー……。

 と思っても、勢いに呑まれて「お、おう……」としか言えなかった。

 けれどその勢いは急にしぼむ。

 どうしたんだろうと聞く前に、ヒナさんは悔しそうに顔を歪めた。


「うまく大切にできない自分が、悔しい……」


 その本音がこぼれた時、ヒナさんの心の声が聞こえた。


『ヒムロさんのことも、ヒムロさんが大切にしていることも、全部大切にしたい』

『なのに私は、貰うばかりで、欲しがるばかりで、大切にしたいって口ばっかりで』

『何かをしたいと思うことすら、好かれるための打算なんかじゃないかって』


『アーサーくんみたいに、見返りを求めないヒトになれたらよかったのに』


 まるでガラスに入れてた水を地面にぶちまけたような、そんな心の声だった。


ストックなくなったので毎日更新なくなります。続きが思いつかない助けてください

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