はなっから約束を破られました
ローレンス伯爵に指定された場所は、街セーレから少し離れたところにある、開けた丘の上だ。
なんでも古代の遺跡が残っていて、昔の廃墟らしき瓦礫がチラホラ見える。この辺りはセーレの人達の憩いの場所でもあるらしく、ギルドの皆もここでよく宴会するんだとか。
見下ろすと街の光が見えた。
夜になり、灯りがついた街では、様々な屋台や店が開かれている。毎日祭りみたいで楽しそうだと、前を通る度に思っていた。食べられないから泣く泣くスルーしてたけど。
そういや俺、人の姿とれるようになったから、普通にメシ食えるんじゃないか? ヒナさんと一緒に食べに行こう。
……まあ、全部終わってからだけど。
カサリ、と葉が擦れた音が聞こえた。まあ『魔力感知』でそこにいる事ぐらいわかっていたけど、俺はあえてそちらを見る。
「へえ。まさかお前が、ちゃんと約束を守るなんてね」
ローレンス伯爵に取り付いた兄モドキは、そう言った。
ヤツの後ろには、執事らしき男と、年若いメイドが立っている。
年嵩の執事は、別宅のアパルトマンで会った。片眼鏡をつけた白髪の男だが、顔つきは四十代ぐらいに見える。
メイドの方は緑色の髪をショートに切りそろえていて、踝まで覆われた黒いロングスカートにエプロンを身につけていた。
……ヤバいな。
『魔力感知』を使わなくてもわかる。皮膚から伝わる、恐ろしいほどの魔力量だ。
何が恐ろしいかって、執事と会った時は『魔力感知』を使っていたのに、こんな魔力量は感じなかったこと。
見た目は人間そのものだけど、多分人間じゃない。魔族か、魔物か。ぶっちゃけ兄モドキはザコだが、あの二人の実力を考えれば、魔王エリゴールの手先と言っても納得だ。
「お兄様、言う通り私はここに来ました。私は、何をすればいいんですか?」
ヒナさんに『擬態』した俺は、尋ねた。
■
話は作戦会議に戻る。
ヒナさんを作戦から外した後、ギルドマスターは淡々と告げた。
「ローレンス伯爵、しいてはジェイソン氏の動向なのですか。先ほど、宣戦布告が届きました。
――ヒナ一人で赴かなければ、魔王エリゴールの名のもと、この街を襲うとのことです」
……なるほど。だからスキルが使えないヒナさんを外したのか。
机の上には、羊皮紙らしきものが置かれた。文字は読めないが、ヒナさんが俺とパーティーの契約を結んだ紙と雰囲気が似ている。
息を呑む者が多い中で、リンが普段通りに話しかけた。
「魔王エリゴールの名前が出ているということは、ヒナを狙っているのは兄であるジェイソンじゃなくて、魔王エリゴールってこと?」
リンの言葉に、俺はヤツと遭遇した時のことを思い出してみる。
兄モドキことジェイソンは、ヒナさんに取引を持ちかけていた。つまり、ヒナさんを手に入れることが目的なのだ。
その目的が、魔王エリゴールによるものだとする場合。何で必要なのか? って言ったら、思いつくのは『ユニークスキル:読心』しかない。
心を読めるヒナさんは、多くの情念を読んだことで、「願われる」ことで生まれる魔王を作ることが出来る。ジェイソンと魔王エリゴールが繋がっているのなら、『読心』があることはジェイソンから聞いているだろうし。
……んだけど、エリゴールはすでに魔王なんだよな? いらなくない?
「いや。魔王エリゴールは、『世界を変える』ための魔王にはなっていないはずだ」
「え?」
「魔王には二通りあるんだよ」ジョージ神父の言葉に、メルランが続ける。
「一つは概念的存在としての魔王。これは、君が『精神の門番』から説明を受けたように、世界に干渉出来る能力を持った存在だ。
もう一つは魔族や魔物を統治する王としての『魔王』。こっちはどちらかと言えば、人間社会に悪影響を及ぼす存在として使われるね。ドワーフが治めるイルマリ王国の王は魔王とは呼ばれない」
ややこしいな。
けど、これで魔王エリゴールがヒナさんを狙う理由は成立した。
さっきの魔王セーレの話を聞けば、ますますヒナさんを行かせる訳にはいかないってことも。
「目的は置いておきましょう」ギルドマスターが遮った。
「問題点は、『魔王エリゴールが、本当にこの街を襲う』かということです。魔王エリゴールの名を勝手に語る、というバカはそういないと思いますが、本当に魔王が関わっているという証拠もありません」
「かと言って、こちらが多数で踏み込めば、何をされるかわかりませんな」
ジョージ神父の言葉に「ですね」とギルドマスターは頷く。
「そもそも、ローレンス伯爵自体が人質です。ジェイソン氏によって殺害されれば、少なくとも我々が責任を問われる立場となるでしょう。ヒナもその心配があって一人で向かったのでしょうし」
ローレンス伯爵が死ぬと、その責任を問われて、社会的にも抹消される可能性があるってことか。そっちはかなり有り得そうだ。
ううん、と悩んでいると、メルランが「ところでマコトくん」と声をかけてきた。
「君、人の姿をとれるようになってるけど、ヒナの姿はとれないのかい?」
「え?」
俺はステータスを開いて調べる。
『スキル:擬態(人)』は、記憶にある他者の姿なら真似ることが出来るらしい。
って言うことは、俺がヒナさんの姿になって代わりに行く、って手もあるのか。
その方がいい。ヒナさんが行くよりずっと安全だ。そもそも俺はアイツを殴りたかったし、願ったり叶ったりだ。
「その事なんだけど、俺は――」
■
ヒナさんに擬態した俺の言葉に、ヤツは、「ああ、あれね」と気が抜けそうな返事を返す。
「何もしなくていい。ただ、僕のところに来ればいいよ」
言われた通りに、俺はヤツの元へ向かう。
後何歩かと言ったところで、「ああ、そこでいい」と止められた。
口元を歪めて、ヤツは言った。
「よく見ていなよ」
パチン!! と指を鳴らす。
その途端。
街の上空で、爆発が起きた。
鼓膜を破りそうな爆音と、街の灯りを消すほどの眩しさ。まるで花火のように広がった火の粉は、やがて火を纏った魔人へと変わる。
それらは街をめざして、落ちていった。
このままでは火の魔人は、あっという間に街を燃やし尽くすだろう。
「僕は、『お前が一人で来なければ街を襲う』とは言った」ジェイソンは顔を歪めながら嗤う。
「けど、お前が来たから街は襲わないとは言ってないぜ?」
暗い青色の瞳には、ゆらめく炎の色と、ヒナさんに擬態した俺の顔が見える。
だが、気がついたのだろう。
ヒナさんが――というか俺が、全く動じていないことに。
「――ね、言ったでしょ。こういうヒトなんだよ」
凛として、それでいて軽快な声がした。
「……は?」
ジェイソンが振り向く。
そこには、ヒナさん――本物の彼女が、そこに立っていた。
彼女はニッコリ笑ったまま、拳を握る。
「――ごめんアーサーくんちょっと耐えてね!!」
早口でそう宣言し、ローレンス伯爵の体ごとヤツをぶっ飛ばした。




