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Hello, World!

 ヒナさんの記憶を思い出す。

「ヒナさんが強いから、自分は必要ない」。だからヒナさんは、リンたちから追放されていた時、誰ともパーティーを組まなかった。

 俺もそう思っていたから、必要とされたくて強くなろうと思った。今も強くなりたいと思っているけど、少しだけ考えが変わった。


「ヒナさんは強いから、俺の力なんて必要ないかもしれないけど。

 でも、必要無いものは持っちゃダメなんて、そんなことないだろ」


 必要じゃないものが、イコール大切なものでは無い、にはならない。

 子どもの頃、宝箱に入れていたものを思い出す。

 子どもは金貨とか宝石とか、そんな大層なものなんて持ってない。そんな俺が入れるものと言ったら、カードゲームのカードとか、なんかどっかから拾ったメダルとか、暗号が書かれたノートとか、日常生活に送るには不必要なガラクタばっかりだった。――必要ないけど大切なものなんて、それこそ世界には山のようにあるだろう。


 必要とされたい。頼りにされたい。

 でもそれ以上に。


「俺はヒナさんが欲しいし、俺はヒナさんに欲して欲しいし、必要じゃなくてもヒナさんと一緒にいたいし、直接『一緒にいたい』って言ってもらいたい……んですが!」


 最後は恥ずかしさのあまり、敬語になった。あとケソデカくなった。


「あと俺、今んとこ日本に帰ろうとは思ってないから! 好きな人がこの世界にいるのに帰る気とかないから!」


 そしてそのまま告白していた。

 ロマンチックさも情緒もない。勢いというかキレ気味だ。これで「うん」と頷いてくれる女性なんてほとんど居ないだろう。

 これを実行できるのは、ヒナさんが俺の心を読んでいることと、俺の事を憎からず思っているんじゃないかなとヒナさんの記憶からそれとなく読み取ったからである。打算にも程がある? 知るか!

 

 いっぺんに話した後、黙って様子を見る。

 と言っても、顔が見られなくて足元ばかりを見ていた。

 多分黙っていた時間はそんなに経ってないが、緊張で随分長く感じる。

 だが、ヒナさんは何も言わない。

 耐えきれず顔を上げると、ヒナさんは顔を真っ赤にしていた。

 青い目と目が合う。

 その途端、ヒナさんはその場で崩れ落ちた。手を繋いだまま。


「……ヒ、ヒナさん?」

「ちょ、ちょっと待って。ごめん。待ってください」


「腰抜けちゃって」耳まで真っ赤にしながらヒナさんが言う。


「……かわいい」


 今まで何十回か心の中で呟いていたことが、口から出る。

 食い気味に「やめて!」とヒナさんが叫んだ。


「いや嬉しいんだけど! キャパオーバー! ちょっと待って!」

「え、あ、ごめん」

「あと心の中もちょっと禁止で! ずっとダンジョンで聞いていたけどいたたまれないから! ここ私の『精神世界』だからヒムロさんを認識すると丸聞こえだから!」

「あ、うん……」


 なんだろう。さっきまで俺も大分テンパってたはずなのに、相手がテンパると冷静になっていく。

 はあー、と長く息を吐いて、ヒナさんは言った。


「……同情されてるのかなって、ちょっと思ったの」


「付け入るみたいな形で、巻き込みたくなかったから」ヒナさんの言葉を、俺は黙って聞いていた。

 そんな気持ちがこれっぽちもない、と言ったら、嘘になる。あんな過去、同情しない方がおかしい。

 けれどそれを抜きしたところで、一緒にいたい気持ちは変わらないし、ヒナさんを苦しめるアトラス王国や魔王をぶっ飛ばしたい気持ちも変わらない。

 そこまでわかっているから、ヒナさんはそれ以上言わないんだろう。


「私も、一緒にいたい。……一緒にいてくれる?」


 俺は繋いだ手に力を込めて、「うん」と答えた。


「元の世界に帰らなくてもいい?」

「言ったろ。ヒナさんがここにいるのに、帰る気とかないって」


 俺がそう言うと、ヒナさんはようやく笑った。


「……あ、ごめん嘘ついた」

「え!?」

「や、一時帰国はいいかなって。よく考えたら、帰っても別に、あっちにいたままにならなくてもいいじゃん?」


 いや、出来るかどうかはわからないけど。最近のサブカルチャーは異世界と元の世界を行ったり来たりしてたりするし。

 アトラス王国に乗り込んだら、そのヒントも得られるかもしれない。


「ヒナさんを日本に連れて行くっていうのもアリだなって」


 そう言うと、ヒナさんはぽかんと口を開けた。


「……なんか、ヒムロさんなら、なんでも出来る気がしてきた」

「マジで?」


 ノリは軽いかもしれないけど、これぐらい気負わず前向きな方がいいんじゃないだろうか。責任とか、贖罪とか、ましてや同情とかじゃなくて。


 魔法みたいに彼女の過去の傷が癒やすことが出来たら、それはいいことだ。

 でも、そんなことは起きない。

 ノーテンキな俺だって、何となくわかる。過去に受けた傷は、きっとふとした瞬間に思い出す。これからもそういう戦いをしなければならないんだろう。

 俺には想像しかできない。きっと誰も理解もできない。その人の傷はその人が決めるのなら、『精神の門番』が言ったように、「人は自分しか救えない」。

 今まで通りヒナさんは、ヒナタさんの死を背負って生きていくだろうし、泣きたくなってもヒナさんは一人で前を向く。

 それでも。


 ヒナさんは俺の手を握ったまま、立ち上がった。








 目を覚ますと、俺は医務室のベッドの縁に座っていた。

 隣にはヒナさんが座って、俺の手を握っていた。

 先に目を開けていたヒナさんと目が合う。すると、ヒナさんははにかんだ。


「おはよう」


 ヒナさんの手のひらは、柔らかくて、あたたかくて、指が少し動く度、俺の皮膚や関節の上をなぞった。

 照れくさかったけど、それ以上の幸福感と安堵感があった。


「おはよう。……じゃなくて、Helloの方が良かったかな」


 俺がそう言うと、俺の意図が読めたのか、ヒナさんは笑って返した。


「どっちでもいいよ。――大切な言葉が増えるだけだから」

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