魔王になる 後編
「魔王?」
突拍子もない言葉に、俺は呆気にとられた。
そもそも、魔王って何なんだ。「勇者と戦う強いラスボス」ってイメージだけど、街の名前にもなったセーレの話を聞いていると、人間に好意的っぽいし。サブカルチャーだって、今だと「魔王と勇者が手を取り合い、経済で平和を築き上げる」とか、「魔王城に連れ去られた姫が大暴れして逆に魔王側が苦労する」とか、魔王像にも色々あるし。
「魔王は、格別な存在を意味する言葉だ。一定の条件を満たせば、魔王になれる」
なるほど。「魔物の王」という意味ではないのか。
「で、その条件っていうのは?」
俺がそう言うと、『精神の門番』はゆっくり答えた。
「願われること」
願われる?
強さとかじゃなくて?
「大概の魔王は、確かに強い。だけど、それだけでは真の魔王とは言えない。
魔王とは、『世界に干渉出来る者』。世界を一夜でひっくり返して欲しいと願われてこそ、真の『魔王』となる」
……何となく理解できる。
大抵の異世界転生モノって、世界を一夜でひっくり返すようなスキルや知識を持って活躍するものが多いし。それを俺含めて様々な人が好んで読んでいたってことは、それは普遍的な願いなんだろう。
だけど、根本的なことがわからない。それで、なぜ俺はその『魔王』になるのか。
もしかして、『ユニークスキル:欲望』のせいか?
「いや、あなたのユニークスキルはあまり関係ない。というか、あなた自身にそこまでの力は無い」
「心読むなよ」
あと言い切るなよ悲しいな。確かに俺は一介のミミックだけど。
「あなたが取るに足らない存在という意味では無い」『精神の門番』はフォローを入れる。
「確かにあなたは、魔王セーレが作ったダンジョンから生まれたミミックだ。魔王に見合った魔力を持っている。
だが、魔王になるのはあなたが原因なのではなく、あの子だ。あの子は『ユニークスキル:読心』で、他者の情念を溜め込んできた」
「あなたがこれ以上この奥に進めば、それを喰らうことになる」そう『精神の門番』は言った。
「その妄執に耐えきれず、精神を破壊され、あなたが考えている残酷で非情な魔王になる可能性もある」
穏やかでは無い言葉に、俺は息を飲む。
「……が、特にそれは心配していない」
「心配してねーのかよ!」
思わず突っ込んだ。
「あの子の過去を見て、『精神の門番』の攻撃を避け続け、煽りにも乗らない。あなたが今更他者の情念に呑まれるとは思っていないさ」
「問題は、あなたが魔王になった後のことだ」『精神の門番』は続けた。
「あなたは、あの子のためにその力を使うんだろう」
「当たり前だ」
『精神の門番』の問いに、俺は思わず脳直で返してた。
いやでも、深く考えても答えは同じだし。「魔王になる」って言われても、「そんなめっちゃ便利な力があるなら、アトラス王国とか魔王エリゴールとか対処できるんじゃね?」とか思ったし。
「それがあの子には耐えられない」
「……どうしてだよ」
「あなたには、理解できないことだ」
「だけど」と『精神の門番』は続けた。
「あの子はアトラス王国で過去の清算をしようとしている。
だから『精神の門番』は、アトラス王国から意識を逸らさせていた」
『精神の門番』の言葉に、そうか、と俺は納得した。
ヒナさんは魔法陣を壊せなかった。ということは、まだアトラス王国では『異世界人の召喚』が行われている。ヒナさんなら、今度こそ危険を顧みず儀式を止めに行こうとするだろう。
『精神の門番』は、ヒナさんがアトラス王国へ向かわないように、精神をコントロールしていたわけか。
俺という元・異世界人――それも日本人に出会うまでは。
ヒナタさんを想起させる俺の存在は、ヒナさんの罪悪感や責任感を思い出させたのだろう。無意識のうちに『精神の門番』を弱体化し、『異世界への帰り方』を知るローレンス伯爵のもとに走った。
「あなたはこれからきっと、あの子のために動くだろう」
だけど、と『精神の門番』は言った。
「その時あなたは、ユーザー:ヒナタのように、あの子を置いていかないと誓える?」
ヒナタさんとよく似たその顔は、けれどヒナタさんのように力強い大人の姿ではなく。
迷子の子どものような、すがるような顔をしていた。
……ああ、そうか。
ヒナタさんがヒナさんに残したものは、スキルや記憶だけじゃない。
傷も残していたのだと、考えれば当たり前のことにようやく気づいた。
前世のことを思う。
俺が死んで、どれぐらいの人が悲しんでくれたのだろうと。
勿論親とか友人とか同僚とか。悲しんでくれるだろうし、ショックも受けていると思う。
けど例えば、飛行機で俺の隣に座っていた子。あの子を守るため、俺はあの子を庇って死んだ。もしあの子が生きているなら、俺の死を見て、どう思っただろう。
なんとも思ってなかったら、「あんのクソガキ」と思いつつ、「よかった」と思うけど。
もしかしたら、自分のせいで死んでしまったと、思ったかもしれない。
どっちにしろ俺は死んでいた気がするし、あの行動に何一つ後悔してない。
けど、あの子の傷はあの子のものだ。
――同じようにヒナタさんが「あなたのせいじゃないし、後悔していない」と言っても、ヒナさんの傷が消えるわけじゃないだろう。
だけど。
「俺は、」
俺が言う前に、『精神の門番』は「いいよ」と遮る。
「最初からわかっていたさ。あなたが何一つ譲らないことぐらい。……その気持ちは、あの子に言ってくれ」
そう言って、『精神の門番』は指を指した。
「色々酷いことを言って、悪かった。あの子はあの先の、孤独の中にいる。どうか、迎えに行って欲しい」
さっきの態度とは打って変わって、『精神の門番』はしおらしく答える。
けれど俺は、酷いことをされたとは思わなかった。
「あんたが釘を刺してくれなかったら、俺は勘違いしたまま進んでいたと思う」
「釘?」
「『人は自分しか救えないんだ』ってやつ。その通りだと思うよ」
それだけ告げて、俺は先へ向かった。




