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ヒナ視点 4 異世界へ帰る方法

 ブナの森と山、光輝く湖。

 ローレンス伯爵領は広大な領地であり、アトラス王国とほとんど変わらない、あるいはアトラス王国より大きな土地である。

 また国境沿いでもあるため、アルビオン王国の防衛拠点としても機能し続けてきた。


 応接間で待っていると、金髪の青年が駆け込むようにドアを開けた。

 あどけなさが残る少年から、すでに成人男性になって久しいアーサー君は、髪色しか変わっていない私を見て、すぐに正体に気付いた。


「……元気そうでよかった」


 アーサー君は目を細めた。

 その顔が笑顔のようにも、泣き出しそうにも見えた。


「今まで、連絡取れなくてごめんなさい」

「いいよ、当然だ」アーサー君は言った。


「アトラス王国の使いのものが、頻繁にこちらへ来ていた。アルドバラ公爵令嬢の行方を知らないかとね」


 それは、メルランから聞いていた。アーサー君にも、すっかり迷惑をかけていたようだ。申し訳ないと思うのと同時に、そのままローレンス伯爵を目指さなくてよかったと安堵した。


「私が国から追われていた時、メルランに依頼を出してたんだよね。私の保護」


「おかげで今日まで生きてこられたよ」私がそう言うと、アーサー君は少し目を丸くした。

 私は依頼書を手札のように並べて持つ。

 それは遠路はるばるローレンス伯爵から来た、数々の依頼書だった。


「私の居場所を知っていたから、ずっとギルドに依頼を出してたんでしょう?」


 私がそう言うと、アーサー君は「バレたか」と笑った。







 ローレンス家の屋敷の前には、大きな湖が広がっている。

 この辺りは避暑地としても有名であり、多くの富裕層が別荘を構えている。

 私はそれらをバルコニーから眺めながら、今までのこと、そしてヒムロさんのことを話した。


「……異世界人が元の世界に帰る方法は、見つからなかった」


 アーサー君の言葉に、私は「そっか」と返した。


「すまない。君たちを置いて帰るべきではなかった」

「違うよ、アーサー君。あれは完全に、私のせいだもの」


 私は少しだけアーサー君から視線を逸らす。

 アトラス王国と魔王エリゴールとの"契約"を話しても、アーサー君は驚かなかった。薄々気づいていたようだ。

 ローレンス伯爵領は魔物の侵入も多いと聞く。情勢が揺れる度にやってくる魔物の変動の関連に気付いていたのだろう。


「召喚や転移ではなく、転生か。しかも魔物になるとはね」興味深そうにアーサー君は言った。


「しかしヒナタさんの話じゃ、あちらには魔物や魔法は存在しないんだろう? 魔物の姿で帰れても、困るだけじゃないかな」


 アーサー君の言う通り、私はヒムロさんから「帰りたい」という言葉を聞いたことがない。

 それはきっと、「人間から魔物に転生したから」もあるだろう。


「でも知らないと、思いつかないことって、ない?」


 かつて私たちが、ヒナタさんの病気を知ってから、異世界へ帰ることを思いついたように。

 知らないものは『ない』ものにされがちで、きっと「望まなかった」のではなく「それすら思いつかなかった」ことだってある。



「だからアトラス王国の研究員と魔術師との繋がりが欲しい。その協力をお願いしに来たの」



 私がそう言うと、「そうだね」とアーサー君は言った。


「君は顔が割れているから、折を見て私が接触しよう。

 代わりと言うわけじゃないが、君にはセーレのダンジョンを調べることを勧める」

「え?」

「魔王セーレは、空間魔法の使い手だった。『異世界召喚』も、空間魔法の一つだろう」


「ダンジョンには先達の冒険者が用意した拠点移動があるだろ?」アーサー君の言葉に、ぼんやりと私は思い出す。


「あの魔道具は、セーレと、その側近であるマーリンが作ったと言われているしね」


 ああそう言えば、ジョージ神父が言っていた。冒険者を始めた超初期に。

 

「拠点移動、ほとんど使ったことないから、すっかり忘れてた」

「……ええー」


 いや、だってメルランが『ユニークスキル:門』を使えるし。

 というか、ヒムロさん抱えて出る時、拠点移動を使えばよかった。ハイテンションで魔猪倒してたから、気づかなかった。

 カッコ良いところを見せたいというか、頼られたくて、つい。

 ヒムロさん、心の声でも念話でもひたすら『カッコイイ! 強い! かわいい!』って言ってくれて、調子に乗ったとも言う。


「しかし君を、そこまで動かすなんてね」アーサー君は笑って言った。


「そのヒムロさんというヒトに、是非会ってみたいよ」


「……そだね」

「とっても嫌そうだね」


 あははー、と笑って誤魔化したつもりだったけど、適当すぎたようだ。

 いや、だって、ね。

 ヒムロさんは外向的で、慣れない環境だろうにすぐに溶け込んで、すぐ皆と仲良くなれるような人だ。

 そしてアーサー君の性格はとてもいい。そして面白い。『日本』のことだって詳しいし、好奇心旺盛だ。

 そんな二人が話したら、私抜きで絶対仲良くなる。そんな予感しかしない。


「君、昔から私にあたりが強いよね」


 アーサー君の言葉に、うぐ、と言葉を詰まらせる。隠しているつもりはなかったけど、本人に指摘されると罪悪感しかない。

 本人には何も悪くないのに、「悪くないこと」で攻撃するなんて、あまりに酷い行為だ。


「……ごめん」


 私がそう言うと、「それが君なりの親愛の証であることも知っているけどね」とアーサー君は笑った。


「懐かしいな。ヒナタさんと私が話している時、ヒナタさんの腕を掴みながら私を睨んでいた」

「いや、はい……本当にごめんなさい」


 責められているわけじゃなく、思い出の一つとしてほのぼのと語られてしまうと、本当に身の置き所がない。


「そこまで君が大切にしたいと思うほどなんだね」そうアーサー君は言って、


「……そんな人と別れても、君は寂しくならないのか?」


 何だか何時か聞いたようなセリフに、私は思わず苦笑いした。

 なんでこの人は、いつも私に、別れを惜しませようとするのだろう。

 この人の前ではいつも、表面上ぐらいは嫉妬しない良い人になろうと思っても、失敗して刺々しくなってしまう。

 その理由が、今ならわかる。

 この人の善良さは本物で、私はどうしようもなく模造品だ。それを否応なくわからせられる。

 自分の醜いところをぶつけても、この人なら許してくれると甘えている。


「ヒムロさんと一緒にいるとね」


 少しためて、私は本心を告げた。



「とても楽しくて、――すごく怖いんだ」




 

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