絵本
「……んん」
気怠い瞼をゆっくりと開いた。頭が重い。
思い出せば、魔法が使えないままジェレミー様に眠らされてやっと目が覚めた。身体を起こして周りを見渡せば、ジェレミー様はいなくて、魔法も使えないままだった。
腕には、魔封じがかけられたままなのだ。
部屋からでようと、一応確認するも施錠されている。
(魔法が使えないから、また閉じ込めたのね)
ムカムカとしたまま、窓から外を見ようとして窓辺に近づいた。
「クソ野郎っ!」
思いっきり壁を殴った。同時に「きゅぅ!!」と鳴き声がした。
「聞き覚えのある鳴き声ね……」
まさかと思い窓辺に縋りつけば、窓の外にはリュズに乗ったシリル様が飛んでいた。
「シ、シリル様!? リュズまで!」
「キーラ様。見つけました」
「きゅうぅぅ」
驚いて開いた口が塞がらない。まさか、こんなところまでシリル様が探しに来てくれるとは思わなかったのだ。
最近は、よくリュズに乗ったりぶら下がっていたりしたけど……。
「こ、ここは何階ですか!?」
「何階だろう?」
よくわかってないようで、シリル様が首を傾げた。
「よ、よく、ここがわかりましたね」
「あのね。ヘイスティング侯爵家の別邸はお父様と見に来たことがあったの」
「きゅう」
シリル様がゆっくりと話している。リュズはふわふわと不安定で、私はシリル様が落下すればどうしようとハラハラしながら聞いていた。
「そ、それで、ここまで?」
「この辺りに来たら、キーラ様のいい匂いがするってリュズが言ったの」
「それで、リュズに乗って来たのですか?」
こくんとシリル様が頷いた。
リュズは子竜ながらも、やっぱり竜だから鼻がいいのだろう。
「でも、私の匂い?」
「キーラ様、いい匂いがするの」
それは、私の香水だろう。甘い匂いの香水が好きだけど、仄かにしかつけてない。それが、外まで匂ったのだ。
「まさか、ジェレミー様が風の魔法を使ったから、私の香水の匂いが流れて行ったんじゃ……」
風に乗って私の香水の匂いが外に流れた。それをリュズの鼻に引っかかったのだと思えた。
「キーラ様。すぐにお助けしますね」
そう言って、シリル様が背中の剣を抜いて窓の格子をガシガシを叩き始めた。
なんと健気なのだろうか。そう思うけど、やはり子供が格子を破ることはできなくて、シリル様を止めた。
「シリル様。おやめください」
「どうしてですか? 早く一緒に帰りたいです」
「でも、それでは格子を破ることもできないどころか、シリル様の剣が刃こぼれを起こしてしまいます」
「……っうぅ」
「この格子は案外と丈夫なようです。ですから、シリル様は急いでリクハルド様を呼んできてください」
「お父様を?」
「ええ。リクハルド様なら、私を助けてくださるかと」
すると、シリル様が怒ったように目を潤ませた。今にも泣きそうだ。
「シリル様?」
「僕が助けたかった」
「助けてもらってますよ。私は、シリル様のおかげでこの場所がリクハルド様に判明するのですから……」
今は魔封じをかけられているせいで、私の居場所は判明しづらいだろう。だけど、シリル様が伝えてくれれば、リクハルド様はすぐに来てくださる。そう信じている。
シリル様を見れば、自分では私を助けられないことに落ち込んでいる。
「シリル様。できることとできないことがあるのは、当然なのです。私も回復魔法を覚えようとしましたが、師匠に適正がないから無駄なことはやめろ、と言われましたわ。武器の命中率もないから、武器を持つことも禁止されています」
「キーラ様もできないことがあるの?」
「もちろんです。今もここから一人で出られないんですよ。だから、シリル様のお助けが必要なのです。これはシリル様にしかできないことなのです」
格子の隙間からそっと手を伸ばして、シリル様の頬へと零れそうな涙を拭った。
「私はお姫様ではありませんけど、シリル様はあの絵本の騎士様みたいですわ」
私はお姫様ではないけど、まるであの絵本のようだった。悪い魔法使いに捕まっているお姫様を騎士様が助けるという、初めてシリル様に買った絵本の内容と重なる。
「本当に?」
「ええ」
「じゃあ、やっぱりキーラ様がお姫様だ」
そう言ってくれるシリル様の気持ちが嬉しくて、目尻が潤んだ。笑みを零すと、シリル様が泣きそうな目をギュッと拭いた。
「お父様を呼んできます」
「ええ。できるだけ早くお願いしますね」
にこりと笑顔で言う。今にもシリル様が落下するのではとひやひやするからだ。
「リュズ。行こう」
「きゅう!!」
不安定なままでリュズがシリル様を乗せたままで離れていく。それに、ジェレミー様に見つかれば、シリル様にも何をされるかわからない。早くこの場所から離さなければと一抹の不安があった。今の私は、閉じ込められて魔法も使えないのだ。
だから、ジェレミー様に見つからずに、一刻も早くここから離れて欲しいと願いシリル様が去っていくのを見守った。




