一目惚れ殿下
キーラが夜会から消えて、探すも彼女の痕跡はどこにもなかった。身元を隠している夜会のせいで誰がどこにいたのかも不明のままだった。
ウィルオール殿下の邸に帰れば、書斎で殿下がシルヴィアを口説いていた。
「そう……で、そのレーネを助ければ、必ず俺とデートをしてくれるね」
「た、助けて下されば、必ず約束は守ります!」
「魔法の契約書でも作ろうかなぁ」
どうやら、秘密の夜会でシルヴィアに一目惚れしたらしいウィルオール殿下に、舌打ちが出そうになる。身体から冷気が出れば、ウィルオール殿下が邸にやって来た自分に気付いた。
「リクハルド。帰ったのか? とりあえず、その冷気は抑えてくれ。シルヴィアが寒いではないか」
「温めてあげればよろしいのでは?」
「それはいい」
にこりとするウィルオール殿下に、彼の隣に座らされているシルヴィアが困った表情で距離を取ろうしていた。
「馬鹿なことをやってないで、すぐにキーラを探さないと……俺はすぐに出ますから、ウィルオール殿下はシリルをお願いします」
「失礼だなぁ。だが、シルヴィアのおかげでキーラ嬢の居場所が見つかりそうだ」
「本当に?」
「ああ、今、シルヴィアの情報をもとに部下にジェレミーの居場所を特定させている」
「ジェレミー?」
ヘイスティング侯爵家のジェレミーの名前にぴくりと反応してシルヴィアを見れば、彼女がびくっと肩を揺らして怯えた。
「リクハルド。シルヴィアを怯えさすな」
「それは失礼」
ウィルオール殿下が窘めるが、自分はそれどころではなかった。
「ウィルオール殿下。彼女はいったいどなたなのです?」
「シルヴィアは、レーネの友人らしい」
「だから、そのレーネは誰ですか?」
マイペースなウィルオール殿下に呆れ、怒ってしまう。
「ジェレミー・ヘイスティングの婚約者」
「婚約者? あのジェレミーの?」
思い出せば、キーラを誘って行った夜会で、ジェレミーと一緒にいた令嬢がいたと思い出す。
「ジェレミーがキーラを?」
「赤髪の女性を連れて行くのを見ました! でも、私が見たことをジェレミー様が気づいて殴られてしまって……」
「それで、気を失っていたのか……」
殴られた拍子に頭を壁にぶつけたのだろう。それで、一瞬、意識が失ってしまい、その間にキーラが連れ去られた。
「リクハルド。シルヴィアは、俺に会いに夜会に来ていたそうだ」
「ウィルオール殿下が、秘密の夜会で見かけたという噂がありましたから……そのせいですか?」
「その通りだ」
それで、自分もキーラに辿り着いたのだ。
「だが、なぜウィルオール殿下に?」
「令嬢が謁見を申し込んでも、時間がかかると思ったのだという。シルヴィアは、レーネのために、俺に助けを求めてきたのだよ」
ウィルオール殿下が、愛しい眼差しでシルヴィアを見るが、彼女はそれどころではないのか、落ち着きのない様子だった。
彼女を今にも口説きたい雰囲気のウィルオール殿下を置いてキーラを探しに行きたい衝動に駆られると、彼が真剣な眼差しで足を組んでこちらを見た。
「リクハルド。大事なのはここからだ」
「なんですか?」
「そのレーネは、婚約者であるジェレミーに監禁されているらしい」
「でしたら、ウィルオール殿下が騎士団を動かせばいいのでは? クリストフもいますから、魔法師団でもいいかと」
「大事なのは、監禁されている理由だ。レーネは、表舞台に出ないヘイスティング侯爵を見つけたせいでジェレミーに監禁されたのだ。それで、以前からレーネの相談相手だったシルヴィアが、俺に助けを求めてきたのだ」
「まさか……」
現当主であるヘイスティング侯爵を見つけただけで、監禁されるなど不審なことしか思い浮かばなかった。
「予想通りだ。ヘイスティング侯爵はすでに死んでいたのだ」
出産証明書のせいで、ジェレミーは爵位が継げない不安があった。隠したままで爵位を継いで、後ほど出産証明書が明るみになれば、爵位を不当に奪ったことになる。
「やはり、出産証明書は捨てられない状況なのだ。だから、ヘイスティング侯爵の死を隠して、シリルに万が一にも爵位が渡らないようにした。キーラ嬢を浚ったのも、その関係だと思う」
「ルミエルが、ジェレミーはキーラの魔力を気にしていたと言った……まさか……」
魔法で隠されているのでは……という考えが拭いきれなくなっている。捨てられない状況でジェレミーには手を出せないのだ。ルミエルが捕縛されて、ジェレミーは後がなくなっている。
「ここは、ヘイスティング侯爵領が近い」
「近いどころか、隣はヘイスティング侯爵領ですよ」
「俺はすぐにレーネが監禁されているヘイスティング侯爵家の別邸へと突入する。お前は、キーラの情報が入ればすぐに行け。部下がそろそろ戻ってくるはずだ」
だけど、必ずしもキーラの居場所を特定してくるとは思えない。
「くそっ……なぜ、魔法の契約を結んでいるのに、キーラを感じないんだ」
お互いの胸にキーラと魔法で契約を結んだ。お互いの居場所はだいたいこれで判明するはずなのに、この邸に近づけばまったく感度が無くなっていた。
「それは、クリストフのせいだな」
「魔法の契約を無効にできるわけがない。俺もキーラも高位の魔法使いですよ」
「そのキーラは、ルミエルのハーコート子爵邸を破壊したじゃないか。雷霆の槌を街中で使ったせいで、魔法師団に魔封じをかけられることが決まって、クリストフがわざわざやって来たんだよ」
思わず、青ざめて倒れそうになる。
「で、では、あっさり、あのキーラが浚われたのは……」
「魔法が今はいっさい使えないからじゃないか?」
「部屋には、眠りの香みたいな残り香があって……まさか、ジェレミーの奴は眠りの魔法だとキーラが大人しくしてると思わなくて、香を使ったのでは……」
「ああ、そういうことか……ジェレミーが眠っているキーラを抱きかかえて去っていったらしいからね。ヘイスティング侯爵家は、風の魔法が得意だったから、香を風の魔法で流すことなど朝飯前だったろうね」
明るくウィルオール殿下が言うと立ち上がった。
「では、俺はすぐに行こう。シルヴィアとの約束を守らないとね。君はここにいるといい」
「わ、私も連れて行ってください! レーネが心配でっ……」
「まぁ、別にかまわないが……俺から離れないと約束してくれるか?」
「は、はい!」
「いい返事だ」
目の下を紅潮させ、腹黒い笑顔でウィルオール殿下がシルヴィアに言う。だが、自分はそれどころではない。
「魔封じ!? そんなものをかけられれば、まったくキーラと共鳴できないではないか! しかも、どうやってジェレミーの魔法から抵抗するんだ!!」
「だから、早く行け。居場所を早急に探させているから……」
そんなものを待っていては、どうにもならない。ヘイスティング侯爵領は、以前にもシリルを連れてきたことはあるし、ずっと調べていた。
あの秘密の夜会から、近くヘイスティング侯爵領で監禁できそうな邸と言えば……。
必死で、ヘイスティング侯爵領のことを頭に巡らせた。
「この近くにもヘイスティング侯爵家の別邸があったな……」
「古い邸で、人の出入りはないと言ってなかったか? それにここはヘイスティング侯爵領ではないぞ。何かあった時に、自分の領地でなくては、逃げにくくないか?」
「だが、隠すにはうってつけだ。夜会会場から近い。街中だと、キーラが魔法を使えば大変なことになるし……ジェレミーが眠りの魔法ではなく、香を使ったということは、少なくとも魔封じをかけられていることを知らなかったのだ」
「お前と一緒だな」
「キーラを探すのに、必死だったんですよ!」
とにかく、すぐに行かねばと部屋を出ようとすれば、クリストフが部屋に血相を変えて飛び込んできた。
「ああ、クリストフ。キーラ嬢の居場所が判明したか?」
「そ、それは、まだですがっ……大変です! シリル様が見当たりません!」




