このやろう
目が覚めれば知らない場所だった。部屋から出ようと試みるも、施錠されており扉から出られないどころか、窓には鉄格子。
「これは監禁なのでは!?」
リクハルド様から逃げたから、お仕置きされているのだろうか。しかも、現在、魔封じをかけられていて、何一つ魔法が使えない。
「くっ……魔法さえ使えれば、こんな部屋ぐらい木っ端微塵なのに……っ」
思わず拳に力が入る。
その時に、部屋の鍵が開く音がした。
「キーラ。目が覚めたか?」
「ジェレミー様……?」
いつもの口角を上げた高慢な態度でジェレミー様が入ってくる。
なぜ、ここにジェレミー様が? そう思うが、鍵を開けて入って来たということは、彼が私を閉じ込めているということだと思えた。
「目が覚めていてちょうどいい。すぐに、この箱を開けろ」
「藪から棒に何を言う! このやろう!!」
ぎゅうっと両手でジェレミー様の首を締めれば、「ぐえっ」と彼が変な声を出した。
「お前か! 私を閉じ込めているのは!」
「だからなんだ! 離せ! 相変わらず、失礼なやつだな!」
リクハルド様が怒って監禁したのかと思えば、まさかの現れたのはジェレミー・ヘイスティングだった。彼は、私に締められた手を払い咳き込んだ。
「なんのつもりですか!」
「なんのつもりはこちらのセリフだ! いきなり首を締めるやつがあるか!」
「ムカつく顔をしているからですよ!」
「……!!」
不遜な態度で入ってきたジェレミー様が、青筋を立てて眉を吊り上がらせた。
「まあ、いい。この箱を開けろ。いや、壊せ」
「だから、何で私が」
「魔法がかかっていて開けられないんだよ!! 壊すのは得意だろう!!」
「ふんっ! あなたのために魔法なんか使いたくないですわ」
なぜ私がジェレミー様の言いなりになる必要があるのか。
そう思うと、ハッとした。そう言えば、ルミエル様とジェレミー様は繋がっていた。二人で共謀して、シリル様の両親を殺したのだ。
そして、リクハルド様たちはシリル様の出産証明書を探している。箱の中身を思えば、まさかという考えが浮かんだ。
「……その箱はなにが入っているのですか? 言えば、私にも考えがありますよ」
すると、ジェレミー様が懐からトンカチを出して私に渡した。
「……見てろ。いや、自分で確かめろ」
「何が? 質問に答えろ!」
そのトンカチを掴んで、すかさずジェレミー様を殴りつけようとすると、彼が息を呑んで避けた。
「チッ」
「俺じゃない! 殴るのはその箱だ!」
「だって、先にあなたを殴らないと気がすみませんもの」
「なんだと! いいからやってみろ! 箱を壊さないと、ここから出さないぞ!」
歯ぎしりをして、ジェレミー様が息荒く言う。そんな彼に、ツンとして睨んだ。でも、彼が箱にこだわっているのがありありとわかる。何が入っているのか、やはり気になる。まさかという思いがぬぐい切れないでいた。
「……ジェレミー様。ルミエル様と共謀してセアラ様たちを殺しましたね」
「チッ、ルミエルのやつ、やはり喋ったのか……」
「どうしてですか!? セアラ様と事故にあったのは、あなたの兄上ですよ!?」
「だからだよ! エヴァンスがいれば、俺は爵位なしのただの貴族だ!」
「それでいいじゃないですか!」
「爵位があるとなしでは、財産も地位も違う! それなのに、勝手に子供を作っていて……浮気したやつとして、評判を落とそうとしたのに、何もかもが予定と違う」
「だから、シリル様を引き取らなかったのですね」
「当たり前だ。シリルを引き取れば、爵位はあんな子供のものだ」
「あなたも、ヘイスティング侯爵も何を考えているのです」
「……」
ヘイスティング侯爵の名前を出すと、ジェレミー様が口をつぐんだ。
「でも、シリル様はリクハルド様に引き取られて正解でしたわね」
リクハルド様はシリル様を大事にしている。間違いなくシリル様に愛情を向けていたのだ。ああ、だから、クズなルイーズ様の教育にも頑張って応えようとしていた。全てはリクハルド様のために。子供心に頑張っている理由はわかってなかったのだろうけど。私も今、気づいたぐらいだ。
「……チッ、どうでもいい。それよりも、試せ。この箱が気になるんだろ」
確かに気になる。ジェレミー様はヘイスティング侯爵家にこだわっている。爵位も財産も全て自分が手に入れたいのだ。そのジェレミー様が気になるのは、ただ一つ。
エヴァンスとセアラが残した、シリル様の出産証明書だ。
これを手に入れれば、シリル様の奪われたものが手に入る。そう思い、箱に思いっきり振り下ろした。だけど、箱には魔法がかかっており、トンカチが弾かれた。
「きゃあ!」
魔法がかけられている箱に弾かれた私を見て、ジェレミー様は淡々と見ていた。
「魔法?」
「これで、わかっただろう? 魔法のせいで、開けられない。開けるには魔法で箱を壊すしかないんだよ。それも生半可な魔法ではダメだ。強力な魔力が必要なんだ」
「まさか……そのために、私を妾にしようと……」
「一石二鳥じゃないか?」
「何がですか!」
「お前は婚約破棄令嬢だから、行き先が決まる。お前は顔だけはいいからな。妾にはピッタリだ。妾になれば、この中身を開けた時の情報を外には出さないだろう?」
「何が、一石二鳥ですか!? 私はすぐにリクハルド様にバラしますよ!」
「あんな冷たいやつよりも、俺のほうがいいに決まっている!」
「どれだけ自意識過剰なの! リクハルド様のほうがいいに決まってます! そんなことよりも慰謝料を払いなさいよ! この貧乏貴族が!」
「俺は貧乏じゃない! ヘイスティング侯爵家は家格の高い資産家だぞ!」
「その侯爵家は貧乏じゃなくても、あなたのお金じゃありませんわ!」
「何だとぅ!」
じりじりと間合いを詰めてジェレミー様と言い合っている。弾かれたトンカチが落ちており、私は拾い上げようと隙をみていた。
「とにかく開けろ」
「無理ですわ」
「お前ほどの魔力もちなら難なく開けられる。ルミエルの邸も壊しただろう? それにしても、あの女め……ペラペラと……」
「だから、無理ですわ」
「ルミエルから尋問する気か? そう言えば、ルミエルの容態はどうした? すぐに復活するのか?」
復活って……ルミエル様を何だと思っているのか。だけど。
「ルミエル様のことなんか知りませんわ。私はもうどうでもいいですもの。生死も知りませんわ」
「お前というやつは……っ」
「なによ」
また青筋を立ててジェレミー様が拳に力を入れる。
「いいから開けろ!」
「だから無理ですって!」
「うるさい! どれだけ魔法使いを雇っても無理だったんだ! お前じゃなくては無理だ!」
魔力の高い人が集まる魔法師団には頼めなかったのだろう。すぐに中身がバレて、シリル様の生家が判明してしまうから。だから、魔法師団に所属してない、魔力の高い私に目をつけた。しかも、別れたあとで。ずいぶんと後悔をしたのだろうけど。
「無理なものは無理よ」
「無理、無理と……どこまで俺に嫌がらせをする気だ! 未練があるのか!」
「そんなものあるわけ無いでしょう。だけど、無理!」
「このっ……」
そう言って、拳を振り上げたジェレミー様に腕を見せた。
「私は魔封じをかけられているから、今は魔法が使えないのよ!」




