ここはどこーー!?
『マクシミリアン伯爵領に帰れば、すぐに結婚しよう』
リクハルド様が、そう言った。初めて好きになった人は、私を好きだと言ってくれたのだ。気恥ずかしい気持ちもあるが嬉しいと思える。
人生で初めて、胸がときめいているかもしれない。
リクハルド様は、私の手当てをするために、薬や包帯を取りに行ってしまった。早く帰って来て欲しいと思いながら、ベッドに転がった。
すると、物音が扉の向こうから聞こえた。リクハルド様に今夜はここで二人で夜を過ごそうと言われたから、私はずっと帰って来るのを待っている。
(リクハルド様だわ)
お互いに好きだとわかった相手にどんな顔を向ければいいのか戸惑って、瞼を閉じた。
◇
「回復魔法でも覚えるか……」
まだ腕の傷も癒えぬままのキーラのために思わず呟いた。夜会に置いてある救急セットから、包帯などをもらい部屋へと戻ろうとすれば、仮面を着けたままのウィルオール殿下と鉢合わせた。
女性を連れているウィルオール殿下と目が合うと、彼が女性を先に部屋へ行くようにと促した。
「邪魔をするな。リクハルド」
「邪魔をしたのはあなたですよ。俺に黙ってキーラをこんなところまで連れて来るなんて……どれだけ探したと思うのです。陛下も教えてくれなくて苦労しました」
陛下に嫌がらせをされたことを思い出せば歯切りが出た。
「エレインを監禁したせいで、怒っていたからなぁ」
「白状しましたか?」
「エレインはあまり関係ないな。エヴァンスと恋仲になったセアラに嫉妬はしていたようだが……事故にも出産証明書にも関係はない。ただ、ルミエルとジェレミーの二人が幾度ともなく密会をしていたことは知っていた。良からぬことを企んでいる風だったから、関わりたくなかったのだという」
エヴァンスは、エレインと婚約をする予定だった。婚約がまとまりかけていた時に、エヴァンスとセアラが出会ってしまった。そのせいで、嫉妬していたという。
「エレインは結婚第一だ。良縁が欲しいだけなのだろうが……隠していたことは事実だ」
「それでまだ監禁を?」
「俺と結婚しようとしているのに、隠し事はいただけない。それも、あんな重要なことを、だ」
「だから、エレイン様に嫌がらせを?」
「監禁と言っても、城の良い部屋だ。不満はないだろう」
ウィルオール殿下はこういう人だ。性格が悪い。だからだろうか。自分には、付き合いやすい人だった。だけど……。
「キーラを口説こうとしましたね」
「怒っているのか?」
「キーラに手を出せば、あなたでも許さないと言ったはずです」
「キーラ嬢はずいぶんと悩んでいたようだよ。ずっとお前が来るのを待っていた。見ていて可哀想だった」
「キーラがずっと?」
「お前が早く来ないからだ」
「だから、ずっと探していたんですよ! 誰も居場所を教えてくれない。ここが見つかったのは、この夜会に来た令嬢がウィルオール殿下が忍びで女性といると噂になっていたからです」
「そうなのか? だから、俺を睨むな。寒いんだよ」
キーラと一緒にいたウィルオール殿下に嫉妬している。冷気が自分がから出れば、ウィルオール殿下が嫌そうに言った。
「でも、キーラ嬢のラッキージンクスは真実かもしれないな」
「俺にはまったく効きませんけど」
「おかしいな……キーラ嬢がリクハルドの真実の相手ではないのか?」
「嫌なことを言わないでいただきたい」
顎に手を当てて、不思議そうに見るウィルオール殿下に、声音を強調させて言った。
「それよりも、ヘイスティング侯爵の容態はいかがです? 居場所も突き止めましたか?」
「療養中と言って、ずっと表に出てないが……いまいちわからんな。キーラ嬢のことが落ち着いたら、今一度探ってくれ。死期も近いと思っていたが、どうもおかしい」
シリルの祖父に当たるヘイスティング侯爵はずっと療養中と言って、依然と姿が見えないでいた。
「……生死不明な侯爵を探すよりも、ジェレミーが動き出すのを待ったほうが早いかもしれません。ルミエルが妙なことを言ってましたし」
「動き出すか?」
「ルミエルが白状しましたから、焦ると思います。彼女と同じ目にあいたくないでしょうし……そう言えば、ルミエルはどうしました?」
「ルミエルは生きてるよ。意外としぶといものだ。だけど、あちこち骨折しているし、現在は意識不明だ。おかげで尋問ができない」
そのまま消えてくれたらいいのにと思うと、舌打ちがでる。
「お前、冷たいな。女性が自分から夜伽をしてきたのだぞ」
「俺が誘ったことは一度もないので」
淡々と言う。歩きながらウィルオール殿下と話していると、キーラいる部屋の前でウィルオール殿下が先ほどまで一緒にいた女性が倒れていた。
「大丈夫か!」
ウィルオール殿下が心配して女性に駆け寄る。自分はキーラの部屋に飛び込めば、そこにはキーラの姿はなかった。
◇
「うーん……」
悩ましげに目が冷めた。怠い身体を起こせば、部屋が明るい事に気づいた。
「朝? リクハルド様……?」
リクハルド様はどこだろうと部屋を見渡せば、彼はどこにもいない。しかも、私がリクハルド様を待っていた部屋と違う。秘密の夜会の部屋はもっとラグジュアリーで雰囲気のあるものだった。でも、ここは石造りの殺風景な部屋だ。窓には格子まである。思わず、青ざめた。
「……ここはどこーーっ!!」




