ウィルオール殿下
エレイン様が急にやって来ていたことにも驚いたが、それ以上にリクハルド様がルミエル様のところにいるということに胸がざわついた。
「……リクハルド様が?」
「ええ、ルミエルがリクハルド様を邸にお呼びしましたの? そしたら、すぐに行きましたわ」
何ですか、それ!? 二度とルミエル様とは同衾しないと言ったくせに!?
「キーラ様にも、お茶会の招待状が届いていたと思いますが……」
確かに届いた。そして、行けばお茶など出ることなく、婚約破棄の要望を伝えられた。そのことをリクハルド様に確認したくて来たのに、肝心のリクハルド様がルミエル様のところに行ってしまっている。
「リクハルド様が。本当にルミエル様のところに?」
「だから、そう言いましたわ。何度も、ルミエルの邸で同衾してましたから……今日はどうかしら?」
エレイン様がくすっと嘲るような笑顔で言う。
リクハルド様がルミエル様の邸に、しかも、何度も同衾した邸にいるのだと思うと、苛ついてしまい。眉間のシワが寄る。
私に隠れてルミエル様のところに行くなんて、怪しさ満点だ。
思い出せば、朝食の時にケヴィンがトレイに載せて手紙を持ってきていた。朝食時に手紙を持ってくることは、いつも通りの光景だから気にもしなかった。
でも、あれがルミエル様からの呼び出しだったのだ。
「キーラ嬢? どうした?」
クリストフ様と話していたウィルオール殿下が、ワナワナと震える私に気づいて聞いてくる。
「ウィルオール殿下ーー!!」
急に殿下の名前を叫んだ私に、クリストフ様もエレイン様も驚いている。シリル様は、きょとんとした大きな目で私を見上げた。
「何かな? 急に俺の名前を叫んで……」
「私、用事ができましたので、シリル様を預かっていただきますか? 後で迎えに来ますので」
「それはかまわないが……なんの用事だ?」
「リクハルド様にお聞きくださいませ」
眉を釣り上がらせた笑顔で言うと、クリストフ様が慌てた。
「キーラ! 殿下に子守りを頼むなど、なんてことをするんだ!」
「それが何か?」
「兄弟子を睨むな!」
座った目つきでクリストフ様を睨めば、クリストフ様が困った顔で怒っている。
「シリル様」
「キーラ様。また、どこかに行くんですか?」
「ええ、リクハルド様をお迎えに行ってきますわ」
場合によれば、そこに置いて帰るけども。
「お父様を?」
「はい。宣戦布告な気もするので……ルミエル様の邸に行ってきますわ」
「ルミエル様?」
「ええ。シリル様はルミエル様がお好きですか?」
すると、シリル様が頭を傾げた。驚いた。あまり懐いてないと思ったけど、シリル様からすれば、会いたい母親の友人ではないのだ。
「シリル様……ルミエル様と何かありましたか? また、やっつけましょうか? 今度は一緒に殺り(やり)ますか?」
「やめなさい!」
そう言うと、真面目なクリストフ様が力いっぱい言う。
ウィルオール殿下は、興味津々で眺めている。
「ルミエル様は、よくわかりません。いつもお父様と一緒ですから……」
悩みながらもシリル様は言う。ルミエル様のことは、好きでも嫌いでもないのだ。ただ、父親を取られそうだとは感じているような雰囲気はあった。
「というわけで、私は、ルミエル様の邸に行ってきます。ウィルオール殿下。後日お礼は
いたしますので、どうかシリル様をよろしくお願いしますわ」
「もちろんだ」
ウィルオール殿下が快諾する。
「まぁ、よかったですわ。ウィルオール殿下なら、シリル様を預けても安心です」
笑顔で言う私に、クリストフ様は青ざめて今にも倒れそうだ。まさか、殿下に子守りをお願いする人がいるとは思わなかったようだ。
「キーラ様。いってらっしゃい」
「はい。行ってきますわ。では、皆さま、ごきげんよう」
ドレスのスカートをそっと持ち上げてウィルオール殿下たちに挨拶をした。そうして、私は挑戦的なルミエル様の邸へとまた向かった。
◇
「エレイン。キーラ嬢に何を言った?」
ウィルオール殿下が、怪しい笑顔でエレインに聞いていた。
「何も言ってませんわ。リクハルド様の行き先をお伝えしただけです。ちょうどお会いできてよかったですわ」
「ふーん……」
「では、そろそろ私たちはお茶会をいたしましょう。殿下」
笑顔で言うエレインに、冷ややかな笑みでウィルオール殿下が近づいた。
「今から、俺は子守りだ。それと、婚約は破棄だ」
「えっ……」
笑顔だったエレインがウィルオール殿下の言葉に身体が固まる。
「で、殿下……ウソ、ですよね? いつもの冗談で……」
「冗談ではない。婚約は破棄する。この場合は解消になるのかな? ねぇ、してくれるだろう?」
「わ、私は同意しませんわっ! どうして、急に……」
「婚約をしている理由がなくなったからだ。いや、これからそうなる」
「そんなの、誰も認めませんわ。殿下には、すぐにでもお子をもうけるようにと、望まれていていますのよ!?」
「だが、すぐに子をもうける必要がなくなった」
「何を言って……」
驚き身体を強張らせるエレインに、ウィルオール殿下がシリルに目をやる。その視線を追うように、エレインがシリルを見た。
「その子が何か?」
「ルミエルも気づかない。君も同じだ。子供に興味一つ持ってない。だから、気づかないのだよ」
「ウィルオール殿下……何のお話で……」
そう言って、シリルの剣に付けられたお守りに触れてエレインに見せた。
「……っ!? 鷹の紋章!?」
「君はシリルにずっと会わないから、まぁ仕方ないとしても、ルミエルは一緒にシンクレア子爵邸にまで行ったのに、何も気付かなかったようだね」
侮蔑を込めた笑顔で、ウィルオール殿下がエレインに言う。焦るエレインは、歯を食いしばり冷や汗を流していた。
「……っ」
「では、婚約破棄。いや、婚約の解消をしようか? いろいろと話も聞きたい」
「わ、私は……っ、何も……っ」
「ああ、今は何も言わなくてもいい。シリルの前だ。それに、俺はしばらくシリルのお守りだ。キーラ嬢に頼まれたからね。それまでは、君は部屋にいるといい。何日でもいさせてあげよう。君は王城が大好きだからね。そうだろう。エレイン」
優しさなど微塵もない冷ややかな笑顔を近づけてウィルオール殿下が言う。
これから、軟禁同様に部屋に連れて行かれると察したエレインが青ざめた。ウィルオール殿下は、片手を上げてエレインを連れて行くように合図を出した。




