家族になってもいいですか?
お茶も出してもらえずにルミエル様の邸から帰宅すれば、庭でシリル様がリュズと遊んでいた。リュズにリュックを咥えられてシリル様が浮かんでいる。
「シリル様。大丈夫ですか? 落ちませんか?」
落ちないだろうかと心配気に見るが、シリル様は表情一つ変えないで、こくんと頷いた。そのままリュズに咥えられて私のそばに寄って来る。
「キーラ様。おかえりなさい」
「ただいまですわ」
周りを見渡せば、リクハルド様の姿が見当たらない。
「ええーと、リクハルド様は書斎かしら?」
「お父様はお城に行きました」
「お城? ウィルオール殿下のところですか?」
こくんと頷くシリル様が、お城方面に視線を向けて怪訝な顔の私を覗き込んでいた。
「キーラ様も、またお出かけですか?」
「そ、そうですわね……もう一度出かけようと思いますが……」
そう言うと、シリル様が一緒に行きたそうにもぞもぞとし始めた。私に抱っこされているシリル様が照れたように私の腕の中で何か言いたそうに見上げている。
「シリル様もご一緒しますか?」
「行きます」
こくんと頷くシリル様。やはり一緒に行きたかったのだろう。リュズを見れば、こちらも浮かんだままでソワソワしている。
「リュズも行きますか?」
「きゅう?」
「リュズも一緒に?」
「ええ、知り合いのところにも行こうと思ってましたし……リュズも一緒で大丈夫ですよ」
城に行くならついでにクリストフ様にも会いに行こうと思った。
シリル様を抱っこしたままで歩き出せば、リュズが嬉しそうについてくる。シリル様は、ギュッと抱きついて、子供特有の温かさにほんのりと笑みが零れた。
「キーラ様。いい匂いがします」
それは、昨晩リクハルド様に新しいナイトドレスを見せようとして、しこたま身体を洗いまくったせいだ。思い出せば、恥ずかしくなる。
「そ、そうですか。ほほほ……」
子供に昨晩の事は言えなくて、笑ってごまかそうとすればシリル様と目が合う。赤くなった顔をそっと背ければ、シリル様が私の首元のネックレスに気付いた。
「青い宝石……可愛い」
「可愛いですよね。リクハルド様が贈って下さったんです」
「お父様が?」
「ええ。似合いますか」
「とっても似合います」
力いっぱいシリル様が言う。頬を染めて言うシリル様が可愛くて、私の目尻が緩んだ。ずっとシリル様といたいと思う。子供の温もりを知ってしまったのだ。
「シリル様……その……私が母親になってもいいですか?」
「お母様に? キーラ様が?」
「ええ、もちろんセアラ様には敵いませんけど……私を二番目のお母様にしていただけると嬉しいですわ……ダメでしょうか?」
「キーラ様は一番好きです。あっ、でもお母様も好きで……どっちだろう?」
うーんうーんと悩むシリル様。クスッと笑ってしまう。
「シリル様が、セアラ様を忘れる必要などないのですよ。私はセアラ様と違いますし……でも、シリル様がそう思ってくださることは、私には嬉しいことですわ。だから、セアラ様も一番。私も一番にしていただけますか?」
「お父様も?」
「ええ、リクハルド様も一番ですわね」
すると、シリル様が口を半開きにして、嬉しそうな表情を見せた。
「シリル様は、リクハルド様がお好きなのですね」
「お父様。優しいの……お仕事忙しくてあまり遊べないけど……一緒にいても怒らなくて、頭を撫でてくれるの」
ああ、そうか。リクハルド様は寡黙だけど、シリル様は初めて会った時から、リクハルド様にしがみ付いていた。子供だからだと思っていたけど、シリル様には唯一自分の存在を受け入れてくれる父親だったのだ。
シリル様を抱っこしていても、彼は疲れた顔など微塵も見せない。
「リクハルド様も、シリル様が大好きですよ。結婚しても、ずっとそうなのでしょうね」
「結婚するんですか?」
「そうですね」
結婚を意識すると、またリクハルド様の仕草を思い出して羞恥で赤面してしまうのに、ルミエル様の言葉が頭を離れない。
だけど、リクハルド様が……あの寡黙で氷の伯爵と言われる冷たいリクハルド様が、私を可愛いと言ってくれたのだ。信じたい気持ちがあった。でも、彼の答えも聞きたい気持ちもある。あやふやなままで、リクハルド様とは過ごせないのだ。
だから、一刻も早くリクハルド様の言葉を聞きたい。
「キーラ様。顔が赤い」
「そ、そういう時もありますっ」
すると、リュズがシリル様の頭にしがみ付いてきた。
「きゅう」
「リュズも一緒?」
「ええ、リュズも家族になりましょうね」
「きゅう!」




