湖のデート 4
毛布を配ったあとは、カフェでさっそく温かいミルクを頼むと、シリル様が美味しそうに飲んでいる。
微笑ましい。だけど、先ほどのことが気になって、じとりとリクハルド様を見た。お茶を飲んでいるだけでも絵になる人だ。その彼が私の視線に気付いた。
「なにか?」
「……あの男を知っていたのですか?」
「知っていた。ヘイスティング侯爵家をずっと調べていたからな」
「ええーと……なぜ、そこで、ヘイスティング侯爵家が出てくるので?」
リクハルド様が、お茶を飲みながら私をじっと見る。
「……あの男はジェレミーに頼まれてキーラを襲った男だ」
「頼まれて……?」
「ヘイスティング侯爵家にずいぶんと借金がある。ちなみにあの男の家はヘイスティング侯爵家の家門の一つだ」
「……まさか、婚約破棄の慰謝料を払うのが惜しくて……」
「そうだと思う。手放すのが惜しくなっているようだし……」
(……あの男ーー!)
思わず、拳に力が入ると、一瞬でシリル様のミルクが沸騰した。
「熱い……」
淡々とシリル様が言う。
「きゃあ! 申し訳ないですわ。シリル様! リクハルド様ーー!」
リクハルド様に沸騰したミルクを冷やしてもらおうとして叫んだ。
「俺は、瞬間冷凍道具か……」
そう言って、リクハルド様がミルクの温度を下げた。
「魔法の調節がお上手ですね」
「おかげで、キーラの暴走する魔法に対応できて、相性がいいではないか」
皮肉を交えた冷たい顔でリクハルド様が言うと、その顔に照れてしまい、思わずツンとしてしまう。
「キーラ……君との婚約を受けたのは、ヘイスティング侯爵家のジェレミーのことがあったからだ」
「どういう意味ですか? ジェレミー様が私を妾にしようと言ってきたせいですか?」
「そんなことを?」
「夜会で言ってましたよ」
リクハルド様から冷気が流れてくると、「今度は寒い……」とシリル様が呟いた。
「……もしかして、私を守ろうとしてくれていたんですか?」
「……ヘイスティング侯爵家のことはずっと気にしていたからな」
ミルクを飲んでいるシリル様を見て、リクハルド様が言う。
シリル様のことで、リクハルド様はヘイスティング侯爵家を注視していたのだ。そこに、私が偶然にも婚約破棄をした。
「……夜会でのことを知った時、ヘイスティング侯爵家の、いや、ジェレミーの手が届かないようにしなければ、と思った。あの男は傲慢でキーラの顔は気に入っていたからな」
知らなかった。ジェレミー様が慰謝料を惜しんで、私だけを手に入れようとしていたのなら、嫌がらせをしてくるのも、私が泣きつくと思っているからだ。
でも、リクハルド様が私と婚約をしてくれた。そのおかげでマクシミリアン伯爵邸に住めて、私を守ってくれていたなら……。
「リクハルド様が、私の顔が好きだと言ったのは……?」
「だから、婚約を受けた。そうでなかったら、婚約もしないし、契約魔法も使わない」
そう言って、リクハルド様がお茶のカップを置いた。
夜会で襲われて、それが理由で婚約破棄をされた。それは、慰謝料を払いたくなかっなかったジェレミー様の仕業だった。
そして、今も私に執着しているジェレミー様。執着されているなど気が付かなかったけども。
「キーラ。もう噂の的になる必要もない。婚約は俺で最後だ」
リクハルド様が、私の最後の婚約者になるのだろう。契約魔法など、理由もなく使ったりしない。
少しだけ胸が熱くて、そっと胸を押さえていた。




