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10番目の婚約者である氷の伯爵様だけが婚約破棄をしてくれない!〜子供が可愛すぎて伯爵様の溺愛に気づきません〜  作者: 屋月 トム伽
第三章

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湖のデート 1

「シリル様。そろそろ待ち合わせ場所に行きますよ」


王都のマクシミリアン伯爵邸の玄関ホールでシリル様に向かって言うと、お出かけの準備が整ったシリル様が小さな竜を抱っこして走ってきた。


今日は、リクハルド様とシリル様の三人で王都の街で散策予定だった。リクハルド様は、ウィルオール殿下のところで仕事を終わらせてから来るといって街で待ち合わせをしている。


「どうしました? シリル様」

「キーラ様。名前を決めました」

「お名前ですか?」


そう言って、シリル様が無表情のままで小さな竜を抱っこして、私に目の前に見せた。


「リュズにします」

「リュズ、ですか」

「はい」


すると、小さな竜が「きゅう」と鳴いた。


「まぁ」

「リュズは、お返事ができるんです」

「シリル様と同じでいい子ですわね」


そっと頭を撫でれば、シリル様まで照れている。


「では、今からお出かけですから、リュズにはお留守番をお願いしますね。邸からは出てはダメですよ」

「きゅう!」


シリル様が見送りに出ていたケヴィンに渡すと、リュズと名付けられた小さな竜がパタパタと浮かんで飛んで行った。


「では、出発ですわ!」


そうして、シリル様と馬車に乗って街へと来て、リクハルド様を待っていた。


「シリル様。寒くないですか?」


子供用のスーツに子供用のポンチョ型コートを着ているシリル様が頷く。


可愛い。間違いなく可愛い。こんなにポンチョ型のコートが似合う子供がいるのだろうか。いや、いない。

可愛すぎて、私が悶えてしまっていた。すると、シリル様がなにかに気付いた。


「お父様」

「遅くなって悪い」


リクハルド様が歩いて来ると、シリル様が駆け寄った。


「ずいぶん待ったか?」


首を左右に振って、待ってない意思表示をするシリル様。2人を見ると、リクハルド様に周りの視線が向けられていた。


リクハルド様は、顔がいい。背も高く、ひと目を惹く容姿だ。

本人は、気にもしてないけど。


「で、キーラはそこに座り込んで何をしている?」

「シリル様が可愛すぎて」

「……」


淡々とシリル様の頭を撫でるリクハルド様が私を見て、眉間にシワをよせる。シリル様に悶えていたのがバレている。


「では、行くか」


私のことは見なかったことにしたらしい。

リクハルド様がシリル様と手を繋ぐと、空いた手のほうに立っている私をシリル様が見上げる。


(もしや、これは自然に手を繋いでいいのでは!?)


そう思い、笑顔でシリル様と手を繋いだ。そして、三人で手を繋いでさっそく街にある仕立て屋へと行った。


「さぁ、シリル様。私に似合いそうなドレスを選んでください」

「ドレスがいっぱい……」


ほうっとシリル様が仕立て屋に呆然とする。


「そう言えば、冬用のドレスはあるのか? マクシミリアン伯爵領は王都と違って寒いぞ」

「そうですわね……では、マクシミリアン伯爵邸に帰れば、またドレスを買いますわ」

「それなら、」


リクハルド様がなにか言いかけたところで、シリル様がドレス一つ指さした。


「これがいいです。キーラ様に似合います」


薄い青色のドレスを選んだシリル様に、リクハルド様が目尻を下げた。


「どうしました?」

「シリルも、マクシミリアン伯爵家の子供だと思って……」

「リクハルド様が育てているのですから、そうでしょう?」

「そうだが……マクシミリアン伯爵領は、青系の染料が多いからな」

「あら、そういうことですか」


血の繋がりがないリクハルド様とシリル様。それでも、マクシミリアン伯爵領によく見られる青色を選んだシリル様に対して、ほんの少しのことでも嬉しいのだろう。


「キーラ様。どうですか?」

「夜会に着ていけそうですわ。私もこれがいいですわね」

「本当に?」

「本当ですわ。では、さっそく買いますわね」


あっという間に決まってしまった。すると、ほかのドレスや夜着も目に入った。


「ナイトドレスも新しい物を買おうかしら……」


流石に、ナイトドレスをシリル様に選んでもらうわけにはいかなくて、目に付いたナイトドレスを選んでカウンターへと行くと、リクハルド様が、店主に「こちらをマクシミリアン伯爵邸に送るように」と話している。


「あら、自分で買いますわよ」

「いい。シリルが選んだのだから、俺が買う。俺は父親だからな」

「他のドレスも買いますわよ?」

「では、それもすべてこちらで買おう」


意外とリクハルド様はこういうことに堅い。そして、それをじっと見つめているシリル様。まるで、リクハルド様に憧れているようだった。


「次は、ボートにでも乗るか? キーラが進めていたカフェのそばにボート乗り場があっただろう」

「あら、ご存知で?」

「まぁ……すぐに乗れるように予約を入れているから、そろそろ行こう」


リクハルド様の提案で湖に行くと、彼が前もってボートを予約していた。リクハルド様のエスコートで乗り込むと、初めてのボートに乗ったシリル様が目を輝かせている。


「シリル様。落ちないように気をつけてくださいね」

「はい」


前のめりになって湖を見ているシリル様がハッとして身体を引っ込めると、今度はボートを漕いでいるリクハルド様が気になったようで、じっと見つめている。


「なんだ? 漕ぎたいのか?」


こくんと頷くシリル様。リクハルド様が「おいで」と呼ぶと、シリル様が淡々とリクハルド様の前に座った。


「ほら、ここを持て」


両手いっぱいに手を伸ばしてシリル様がボートを漕ごうとするが、オールは引けずにシリル様の眉間にシワが寄った。その姿に、思わずくすりと笑みがこぼれる。


「力を入れるのは、ここだ」

「ここ?」

「そうだ」


リクハルド様が淡々と教えている。この冷たい伯爵が子供と戯れる姿は微笑ましい。

そんな二人を日傘を指して見ていると、ボコンと足元から音がした。


その音に、リクハルド様もシリル様も漕いでいたオールの手が止まった。


「……リクハルド様。変な音がしましたよ」

「したな」


足元を見ると、水がボートのなかに入ってきていた。





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