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10番目の婚約者である氷の伯爵様だけが婚約破棄をしてくれない!〜子供が可愛すぎて伯爵様の溺愛に気づきません〜  作者: 屋月 トム伽
第二章

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祖父と孫


__翌朝。


シンクレア子爵邸を立つことになった。


「シリル様。忘れ物はないですか?」

「はい。でも、ごめんなさい。キーラ様のドレスが破れちゃった……」

「気にしなくていいですわよ。よくあることですからね」

「とっても綺麗なのに……」


シリル様を探しに行った時に、いつのまにかドレスが破れていた。何も持たずにリクハルド様に連れてこられたから、ドレスの着替えすらない。それを、シリル様が気にして言う。


「でしたら、こうしましょう。王都に帰れば、一緒にドレスを買いに行ってくれますか?」

「ドレスを?」

「はい。一緒にドレスを買って、また一緒に街を歩きましょう。美味しいお茶のお店も知っているんですよ。ご一緒してください」

「行きます」


笑顔で言うと、シリル様が大事にリュックを背負って返事をした。すると、シンクレア子爵がやって来た。


「シリル……」

「お祖父様……」


ぎゅっとシリル様が私のドレスを握る。まるで、離れたくない意思表示のようだった。


「また、来てくれるか?」


こくんと頷くシリル様を見たシンクレア子爵が、顔のシワを緩めた。


「これを、持っていきなさい。セアラが好きだったお菓子だ。急いで料理人に作らせた」

「お母様が好き?」

「ああ、焼き菓子だ。きっとシリルも気に入る」


シンクレア子爵からお菓子を受け取る。戸惑うシリル様が私を見上げると、そっと視線を送った。


「シリル様。お菓子をいただいたら、ありがとうございます、とお礼を言うのですよ」

「……あ、ありがとうございます。嬉しいです」


「そうか」とシンクレア子爵がホッとした。


「お祖父様。キーラ様にも、分けていいですか?」

「あ、ああ、もちろんだ」


本意ではないのだろう。だけど、シリル様の気持ちを無視もできないでいるシンクレア子爵が、複雑そうな様子で返事した。


「キーラ様。一緒に馬車のなかで、食べましょうね。お父様にも分けてあげます」

「シリル様は優しいですね。嬉しいですわ。私もセアラ様が好きな味をしっかりと覚えますわ」

「お母様の好きな味を?」

「はい。シリル様が好きなものは、知りたいですもの」

「僕の好きなもの?」

「ええ、気づいてなかったのですか? シリル様はお母様の好きなものを嬉しく思ってらっしゃいますよ」

「知らなかった……でも……」


笑顔でシリル様に言うと、シリル様が少しだけ綻んだ表情を見せた。


「シリルが……」


少しだけ笑ったシリル様にシンクレア子爵が驚いていた。


それを、リクハルド様が見ていると、ルミエル様が彼に近づいてくる。


「リクハルド様」


リクハルド様が振り向けば、ルミエル様が両手いっぱい伸ばして抱きついてきた。


「ルミエル。離れろ。キーラに勘違いされたくない」

「大丈夫ですわ。キーラ様は見てませんもの。シリル様に夢中ですものね」


リクハルド様が私に視線を移せば、シリル様と楽しそうに話している姿に、思わずリクハルド様がイラッとする。


「はうっ!」


突然の左胸に痛みが走る。奇声を上げた私に、シリル様がビクッと驚いた。

この痛みはリクハルド様だ。まるで、仕置をされている気分になり、リクハルド様を睨みつけた。


そこには、ルミエル様がリクハルド様に抱きついている。

今までは、人前で抱き合うなどなかったのに、堂々と私にその姿を見せつけるルミエル様にもイラッとした。


「ルミエル。離れろ。俺が言ったことを忘れたのか?」

「覚えてます。でも、すぐにまた会えますわ」

「……」


含みのある言い方のルミエル様をリクハルド様が見据えると、彼女がにこりと笑った。それは、どこか怪しげに見えた。


そうして、私たちはシンクレア子爵邸を去った。




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