今さら
夜になり、晩餐にも来なかったシンクレア子爵の部屋へと行くと、顔色悪く臥せっていた。
「リクハルド様……」
「失礼してもいいでしょうか?」
部屋に来た自分に気付いたシンクレア子爵が「どうぞ」と促し、彼のベッドのそばに座った。
「どうぞ。晩餐にも出なくて申し訳ない」
「お気になさらずに……お身体は?」
「それよりも、シリルは……」
「疲れて眠っています。一晩中森を彷徨っていたようで……」
「可哀想なシリル。怖かっただろうに……セアラも子供の時は、夜が怖いとよく泣いていた。一緒にいてやればよかった」
それは大丈夫だと思う。シリルは、感情が薄いせいか恐怖など感じてなかった。むしろ、キーラのことで頭がいっぱいで真っ直ぐに進んでいた気がする。
「シリルは大丈夫です」
「しかし……っ」
「あなたは、シリルをわかってない」
シリルを拒否して、今まで会うことすらなかった。痛いところを突かれたように、シンクレア子爵が後悔を滲ませた表情でシーツを握りしめた。
「……シリルを引き取ろうと思う」
「シリルは俺の子供です。渡すつもりはない」
「だが、リクハルド様は血のつながりがない。シリルの血縁は、私で……」
「会いたければ、会う機会は作ってもいい。だが、引き取るとなると、話は別だ」
「会わせてくださるので……?」
訝しんだ顔色で、シンクレア子爵が言う。それを、いつもの冷たい顔で見ていた。
「うそだ……リクハルド様は、あの女と結婚すれば、私など会わせてくれない。ルミエルでないと、私のところにシリルは来てくれないっ……」
「だから、ルミエルと結婚でもして欲しいので?」
「そ、そうだ。そうすれば、私が引き取って……引き取るのが無理でも、ルミエルなら、いつでも会わせてくれる。そうでしょう。リクハルド様……っ、だから、結婚はルミエルと……」
「ルミエルと結婚する気はない。俺の婚約者は、キーラ・ナイトミュラーです」
ルミエルのことは、愛してない。一度だって好きになることは、なかった。
「あの令嬢は、ダメだ……シリルをおかしくする。シリルが取られてしまう。セアラは夜に飛び出していくような子供ではなかった」
弱々しく、それでいて、憎々しく呟くシンクレア子爵を見て、ため息一つ出た。
「夜中に飛び出すほど、シリルはキーラに会いたかったのですよ。キーラは、母親以上にシリルを守ってくれている」
「そんなことはない。シリルは、まったく笑わないではないですか。子供らしい笑顔がなくて……」
「そうでしょうね。シリルは、感情が薄いのです。だが、それをキーラが変えてくれている。まだ、上手く笑えないみたいだが……シリルには、キーラが必要なのです」
感情の薄いシリルに、間違いなく表情に感情が現れ始めている。
それは、キーラのおかげだった。
「俺たちは、明日には帰ります。できれば明日の見送りには来てほしい。シリルのために」
そう言って、椅子から立ち上がった。
「それに、シリルはセアラとは違う」
「だが、セアラの唯一の忘れ形見です。私には、もうセアラがいなくて……」
「そのシリルを誰も引き取らなかった」
セアラたちが他界して、シリルは世界でたった一人になったのだ。
誰にも存在を認められずに。
「あなたでは、シリルは守れない」
こんな弱々しい状態では、無理だろう。何かある度に倒れるのだから。
「今夜は、ゆっくりお休みなさるといい」
そうして、絶望をにじませたシンクレア子爵の部屋を去った。




