好きになって
『そんな優しい男に見えるか?』
リクハルド様が冷たく言った。見えるわけがない。ずっと冷たい人だと知っていた。
それでも、ずっと好きだった。
セアラが死んで、リクハルド様を慰めようとして、彼に近づいた。そして、冷たい怒りを秘めたようなリクハルド様に抱かれた。
夢のようだった。だから、何度も相手した。いつか、自分だけのリクハルド様になると信じて……。他の女では、出来ないことを私はしたのだ。
セアラが婚約をして、リクハルド様がシンクレア子爵邸にやって来た時に、彼を紹介された。
「ルミエル。こちらが、婚約者のリクハルド・マクシミリアン様よ。マクシミリアン伯爵の嫡男なの。リクハルド様。こちらは、ルミエルです。私の昔からの友人なのです」
セアラが、緊張気味に、それでいて嬉しそうに紹介した。
「はじめまして。リクハルド・マクシミリアンです」
にこりともしないリクハルド様が、私を見て挨拶をした。
一目惚れだった。
こんなに素敵な人を見たことがない。
整った顔。スラリとした高身長に、銀髪のような薄い水色の髪色。目が離せないほどの容姿だった。
こんな素敵な人がセアラの婚約者。セアラは、舞い上がったようにリクハルド様の話をしている。でも、リクハルド様は寡黙で笑顔さえも向けない。
そんな二人をずっと見ながら、リクハルド様と初めてのお茶会をした。
そんなリクハルド様は、騎士団で過ごしており、忙しい方だった。ウィルオール殿下のお気に入りでいつもリクハルド様は、彼といる。殿下の側近としても若くしてついている。
そんな忙しいリクハルド様に、セアラは不満と不安が溜まっていった。
セアラは、いつも一緒にいてくれる人でなければダメなのだ。
最初は、嬉しそうにリクハルド様のことを話していたセアラは、いつしかリクハルド様が会ってくれないと、よく泣くようになった。
リクハルド様に会う口実で、私もセアラと一緒に王都の騎士団へとリクハルド様を訪ねたこともある。
でも、リクハルド様は眉一つ動かさないで冷たい人だった。
リクハルド様にセアラなど相応しくない。彼は精悍で凛々しい。甘えたセアラなど、隣に立つことすら許せなかった。
そんなセアラに、ある日友人だと言って令息を紹介した。
相手は、ヘイスティング侯爵家の嫡男エヴァンス。彼は、穏やかで優しい。すぐにセアラと恋仲になった。
セアラが浮気をすれば、リクハルド様も婚約破棄をするはず。だから、言い逃れが出来ないほどになるまで待った。
だから、セアラの浮気にも協力した。リクハルド様と必ず別れさせるために。
そして、あの日。私はヘイスティング侯爵家のジェレミー様に会いに行った。
◇
「キーラ」
戻ってきたリクハルド様は、シャツがはだけており、立派な男らしい鎖骨が露わになっていた。
ムッとした表情でリクハルド様を睨むが、彼には動揺一つない。
「部屋の鍵を開けてくれていたから、落ち着いたのかと思ったが……まだ、怒っているのか?」
「別に怒っていませんよ。それよりも、お早いお帰りですね。伽は終わりですか?」
「そんなものは、してない。何を考えているんだ」
「何も考えていません。でも、廊下で事をいたすのはおやめください。シリル様が見たらどうしますか?」
「……廊下でのことを見ていたのか?」
「しっかりと聞き耳を立てて見てました。ルミエル様に触られて感じるなんて……」
そんな姿で言われても、と思うとムッとしてしまう。
「……突然、胸に痛みが走ったが、あれはキーラか?」
「私は何もしてません。覗いていただけですもの」
「怒って魔力を込めたのだろう。お互いの胸に契約魔法を使ったことを忘れたのか?」
覚えているけど……
「だからって、あんなところでルミエル様と逢引きしようとするなんて……」
「だから、何もしてない」
「節操ないくせに」
「そう思うなら、キーラが相手をしてくれ」
そう言って、リクハルド様が座っている私に近づいてきた。腰を曲げて後ろから覗き込むように私を見ている。ムッとしたままで見上げれば、リクハルド様のはだけた胸からは、私と同じ魔法紋が目に入った。
「私は、ルミエル様と違って軽い女じゃありません」
ルミエル様は、大人しそうな顔して意外と大胆だと思う。私よりも大人だからだろうか。リクハルド様やウィルオール殿下たちとは、私だけ歳が離れている。私だけが、年下で……。
俯いていると、リクハルド様が私の顎に手を添えた。
「キーラのせいで、ルミエルとのことを勘違いされた。責任をとってもらいたい」
「だから、私のせいじゃありません」
「あの時に、痛みが走ったのはキーラのせいだ」
「痛み?」
「お互いに魔法紋を刻んだことを忘れたのか? 魔力を込めれば痛みを感じるはずだぞ」
確かに、イラッとした。身体に力が入って……。
「おかげで、ルミエルに感じたと勘違いされている。だいたい、話を聞いていたなら逢引きではないことはわかるだろう?」
「しっかり抱き合ってました」
「だから、会話の内容は違うだろう」
そう言うリクハルド様が、ジッと私を数秒見つめる。
「……もしかして、会話を聞いてないのか?」
「聞いてましたよ! ルミエル様にビクッとしていたところを見てました」
「……キーラ」
リクハルド様が、眉を吊り上げて私の頬を押さえた。
「君は、何を見ていたのだ?」
「だから、抱き合っているところです! リクハルド様が抱き寄せて、ルミエル様の耳元を……っ」
「会話は?」
「……抱き合っていたから、さっぱり聞こえませんでした」
しっかりルミエル様の耳元に顔を近づけていたのを見た。間違いなく!
すると、リクハルド様が怖い顔で怒り出した。
「全然聞いてないじゃないか! 聞き耳を立てていたなら、しっかりと話を聞きなさい。何を見ていたのだ! 会話を聞け! 会話を!!」
「リクハルド様が、怖い。ルミエル様といちゃついていたのは、私じゃないのに……だいたい、なんですか。いつまでも胸元を緩めていて……だらしないですわ」
思わず引け腰になる。リクハルド様の胸元が見えて、男性に慣れてない私には、緊張と羞恥心があった。そのまま、距離を取ろうとすれば、リクハルド様が抱き寄せてきた。
「そんなに気になるなら、キーラも触るか?」
「嫌なんですけど……」
「俺は、キーラに触れられても嫌ではない。そう思うのは、キーラだけだ」
リクハルド様が私の手を取り、彼の胸元に触れさせた。恥ずかしすぎて頬が熱を持って紅潮している。
「ルミエル様は、リクハルド様が好きなんですね」
「そうなのだろうな」
リクハルド様の腕の中で聞くと、淡々と彼が応えた。
「キーラは? 俺を好きになってくれるか?」
熱っぽい雰囲気でリクハルド様が私の下顎に手を添えた。顔を上げられると、そっと愛おしそうなキスをされた。




