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火花散る 3


「これが、五歳の子供の勉強ですの!」

「しょ、将来のためですわ!」

「でしたら、あなたがすればいいではありませんの。鼻で笑いますわ!」

「な、なんて失礼な……私は、リクハルド様の遠縁ですのよ!? ご存じないのですか!?」

「存じてませんわ」

「ふん! やっぱり、リクハルド様はあなたと結婚する気がないのですわね。鼻で笑うのは、こちらということですわ!」

「だから、なんだというのです。そもそも、ドレスなどもシリル様には不要ですわ! しかも、そんなお胸の出たドレスがなぜ必要ですの!」

「これは、私のですわ!」

「でしたら、シリル様の仕立ての時間はご遠慮なさってください! 常識を疑います! しかも、食事抜き!? 絶対にそんなことをさせませんわ!」


シリル様に落ち度があるとは思えない。ただ、言われた勉強をしていた五歳の子供に、何のバツが必要なのか。

私とルイーズ様の剣幕に、仕立て屋はこっそりと部屋を出ようとしていた。しかも、ドレスが入っているであろうトランクを両脇に抱えて。絶対に逃がしません。


「そこのあなた!」

「は、はい!」


ビクッとした仕立て屋が、上ずった声で返事をした。


「シリル様に、こんな卑猥なドレスを着せるつもりでしたの。虐待ですわよ。誰を相手にしているかわかっているのですの?」


冷ややかに、それでいて、据わった目つきで仕立て屋を見下ろして言った。


シリル様は、子供とはいえマクシミリアン伯爵家の、リクハルド様の正統な子供だ。そんな伯爵の子供に無礼な態度は許せないと暗に言うと、仕立て屋が青ざめた。


「決して、そんなことはっ……」

「でしたら、シリル様のスーツをお見せください。私が選んであげますわ」

「ひっ……」

「すぐに出すのです」


仕立て屋がますます青ざめる。視線はルイーズ様に向かっていた。


「こ、子供用は……本日はカタログだけでして……っ」

「ふざけるんじゃありません!! シリル様の大事な仕立ての時間に、シリル様のスーツを持ってきてないとは、どういうことですの!!」


仕立て屋がビクッと身体を震わせている。すると、パーンッと音が響いた。ルイーズ様が、教鞭を机にたたきつけたのだ。


「お黙りなさい! シリル様の件は、私の管轄です! スーツも私が選ぶのですわ! 持ってきてなくても問題はありません!」

「そんな、だっさいドレスを着るような趣味の悪い令嬢には無理ですわ」

「失礼ですわ!」

「失礼はあなたです!」


ギリッと持っていた教鞭を握り締めて手を震わせているルイーズ様の何かが切れた。そして、持っていた教鞭を私に突きつける。


「いいから下がりなさい! これ以上騒ぐことは許しません!」

「あなたに許されなくてもけっこうですわ」

「私に喧嘩を売るつもり!?」

「喧嘩を買う趣味はありませんけど……あなたが売ってくるなら、買ってもよろしいですわ」

「ふん! 私に決闘でも挑むつもり? 後悔するわよ」

「後悔など、まったくしたことありませんわ」

「なら、これが初めてね」


お互いに火花を散らして睨みあった。部屋の隅では仕立て屋が逃げるタイミングを見計らっている。


「仕立て屋のあなた!」

「は、はいっ!」

「手袋を出しなさい」

「あ、あの、売り物ですが……」

「それで、けっこうですわ」


仕立て屋が、おそるおそるトランクから白い手袋を差し出してきた。案の定、ドレス以外の物も持ってきている。シリル様のためではないのだ。


「今、その手袋を買いますわ。よろしいですね」

「も、もちろんです!」


そう言って、売買が成立した瞬間、その白い手袋をルイーズ様に向かって叩きつけた。ルイーズ様にバシッと当たった白い手袋。それを見ている仕立て屋はさらに青ざめた。

ルイーズ様は、わなわなと震える手で投げつけられた手袋を軋むほど握り締めた。


「決闘をお受けしますわ!」



「いいでしょう。勝ったほうが、相手の言うことを聞く。それが報酬でどうかしら?」

「問題ありませんわ」


さらに睨みあって決闘を受けた。


「あとで、やっぱりやめた、は、無しにしてくださいませね。ちなみに、あなたみたいな落ちこぼれと違って、私は学院では首席で卒業してましてよ。もちろん、護身術も兼ねた剣術を含めて、ですわ。腕に覚えがあるの。だから、私がシリル様の教育係を一任されているのですわ。後悔しても知りませんことよ」


このやろう。私のことを知っているのだ。確かに、私は首席ではない。落ちこぼれでもないけど。


確かに問題も多々起こしている。だけど、ここでは逃げられない。今も、シリル様が私の腕のなかから、私の様子をうかがっているのだ。困っているようにも見えるが。


二人の剣幕に驚き言葉もないシリル様。仕立て屋も行き場がなくてソワソワして逃げる瞬間をまだ探っていた。


「お気遣いけっこう。私も腕には覚えがありますわ」

「ふん。強がりを」


ルイーズ様は、学院を首席で卒業して腕に覚えがある。シリル様の護衛でも兼ねていたのだろうか。そんな優秀な人材と思って、ルイーズ様をシリル様の教育係に任命したのだろうけど……性格はクズですわ!


「さぁ、シリル様。叫ぶ女は置いといて行きましょうか?」

「叫んでいるのは、あなたですわ!」

「うるっさいですわね」

「なんて口の悪い……そんなだから、次から次へと婚約破棄をされるのですわ。恥ずかしい」


今にも舌打ちをしたい。そんな気持ちでルイーズ様を一瞥した。腕のなかをみると、シリル様が心配気に私を見上げていた。シリル様を怯えさせたくなくて、吊り上がった眉尻を下げて笑顔を見せた。


「シリル様。私のお部屋で少しお話ししてくださいませんか? 私は、ここに来たばかりで少し寂しいのですわ」

「は、はい。僕でよければ……」


返事が子供らしくない。それもこれも、この教育係のせいだ。









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