冷たい伯爵
――誰でも良いなら、とっくに婚約をしている。
キーラに言った通り、実際にそうしようと思っていた。でも、する気になれないでいた。
最初は、顔だけ選んだ。でも、一緒に過ごすうちに気持ちが芽生えてきていた。
子供が好きだとは知らなかったが、何よりもシリルを大事にして、気遣ってくれることが嬉しかった。
部屋も開けてくれないキーラ。仕方なく今のうちにシンクレア子爵のところへ行こうとすれば、ルミエルがこちらにやって来ていた。
「リクハルド様。今、お会いに行こうと……」
「シリルなら、寝ている。一晩中彷徨っていたらしく疲れたのだろう」
「まぁ、可哀想なシリル様」
本当にそう思っているのか。そんな気持ちでルミエルを見た。
「リクハルド様は、お休みになられないのですか?」
「キーラに追い出された」
「キーラ様に? でしたら、私の部屋で休みますか?」
「シンクレア子爵はどうした?」
「寝込んでますわ。夜までお起きになられないかと……」
シンクレア子爵は、セアラが他界してから寝込むことはしょっちゅうだった。シリルが行方不明になっても、倒れてしまう。
思わず、ため息が出た。
「リクハルド様。キーラ様は帰さないのですか? 彼女がいれば、シンクレア子爵が落ち着かなくて……セアラ以外の女性がいると、シンクレア子爵が焦ってしまうんです。シリル様を取られると思っているようですし……」
「……キーラは、俺の婚約者だ。覆ることはない」
「でも……私ではダメなのですか? 私はずっとリクハルド様をお慕いしていて……キーラ様のようにリクハルド様に手を上げることだってしませんのに……ずっとリクハルド様のお相手をしてきたのも、私ですわ……」
我慢の限界かのように、ルミエルがスカートをぎゅっと握りしめて言う。そんな彼女を冷たい目で見下ろした。
すると、ルミエルが縋るように抱きついてきた。
「お部屋に来てください。ずっと待っていました。以前のように抱いてくだされば……」
胸を押し付けて、ルミエルが誘う。
「ルミエル。キーラと契約魔法を交わした」
そう言って、シャツを緩めてキーラと交わした魔法の契約の紋を見せた。キーラと同じように胸元にある。
「ウソ……」
「キーラと結婚するために、俺から交わしてもらった」
ルミエルが涙目で、歯を食いしばった。そして、魔法の紋へと手を伸ばしてきて、触れられて嫌悪したようにびくりとした。縋るように抱きついていたルミエルが胸元で泣き始める。
「私のほうが先でしたわ。セアラが死んで、リクハルド様を慰めたのは私ですわ。だから、ずっと待っていたのに……」
「俺は、恋人にはならないと言ったはずだぞ」
気が向いた時しか来ない。ルミエルに、初めて誘われた時にそう言えば、それでもいいとルミエルが言っていた。そして、曖昧な関係でいた。気持ちもないままに。
「いや……」
縋り付いて泣くルミエルを抱き寄せて、耳元で囁いた。
「ルミエル。シリルの出産証明書はどこだ?」
その言葉にルミエルがわずかにビクッとした。
「知りません」
「本当にか?」
「だから、リクハルド様たちに協力してずっと探していますわ! それなのに、私のところにずっと来てくださらないで……」
素っ気なく、静かに、興奮気味のルミエルを引き離した。
「リクハルド様……」
「……面倒な女は嫌いなんだ。知っていたかと思っていたが、俺の勘違いだったようだ」
「……どこに行くのですか?」
「キーラのところで寝る。シンクレア子爵も寝ているようだしな」
ルミエルに背を向けて歩きだしていた。そして、一度だけ振り向く。
「君は二度と抱かない。わかっていると思っていたが、言わないとわからなかったみたいだな。だいたい、俺が一度でも優しい男に見えたか?」
そして、泣くルミエルを置いて部屋へと戻った。
「いや……行かないで、リクハルド様」




