契約魔法と告白
__翌朝。
着替えをすれば、首から鎖骨にかけてあちこちに赤い痕を見つけた。
「暴れた時には、どこかぶつけたかしら? リクハルド様。私、昨夜どこかで怪我しました?」
「さぁ?」
鏡を見ている私の後ろで、知らぬ顔でリクハルド様がシャツを締めている。すると、リクハルド様が背後から抱きしめてきて首筋に口づけをしてきた。思わず、どきりとする。そして、ハッとした。
「ま、まさか……これ……」
「今ごろ気付いたのか? まったく起きなかったぞ」
これがキスマーク!?
初めて見る痕に、驚愕した。
首筋から、鎖骨、胸元まで何個もあるあとに一瞬で顔が赤くなる。
「ね、寝ている間にっ……」
「別にいいだろう」
「よくありません! だって……っ」
ぱくぱくと開いた口が塞がらない。赤面する私がリクハルド様を押しやろうとすると、彼が私の手を両手で握りしめてきた。
「だって? なんだ? 結婚する気ないのか?」
「結婚する気あるんですか?」
「自分から、結婚しようと思ったのは、キーラだけだな」
「セアラ様は?」
「セアラは父上が持ってきた縁談相手だ。縁談相手が何人もいて、この中から好きな令嬢を選べと言うから選んだ」
そうなのだろうか。それにしても、手が早い。手が早くて、恋愛初心者の私には、気持ちが追いつかない。だけど、そう言ってくれるリクハルド様に嬉しい気持ちもある。でも、恥ずかしすぎて顔に出せなくて、ツンとした。
「シリル様が淡々としているのは、リクハルド様のせいもあるんじゃないですか?」
「そうかな?」
絶対に影響はあると思う。子供の教育に悪い気がする。
「キーラ。結婚してくれないのか?」
「……いいですよ。リクハルド様に任せていたら、シリル様が心配ですからね」
「シリルは、いい子だぞ」
「いい子すぎます。とっても可愛いんですもの」
でも、ルミエル様のことが頭から離れないでいて、表情が暗んでしまう。
「ルミエル様とはもう同衾しないですか?」
「しない。もうする理由もないし……」
確かに、ウィルオール殿下がルミエル様とはご無沙汰だと言っていた。でも、私と婚約してルミエル様が現れたなら、彼女が真実の相手だ。そう思うと、何も言えないでいる。そんな私に気付いたのか、リクハルド様が愛おしそうに握った手に口付けをしてきた。
「そんな顔をするな。そうだな……信じられないなら、魔法の契約書でも交わすか?」
「そんなことをすれば、私と別れられませんよ?」
「一生別れる気はないから、問題はない」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ、魔法の契約書を用意しないと……」
「用意する必要はない」
リクハルド様の手を離そうと顔を背けると、リクハルド様が私の胸に指を立てた。
「お互いの身体に契約をする。魔法の契約書よりも絶対の契約だ」
「本当に? だって、私は結婚のできない令嬢ですよ」
「だから? 俺には関係ない」
契約魔法は絶対だ。だから、シリル様も、あんな状況が出来上がっていた。
それをお互いの身体に契約魔法を刻むということは、私とリクハルド様に見えない絆ができるということ。
「後悔しても知りませんよ」
「しない」
そう言って、リクハルド様の顔が近づいてくる。ドレスを少しだけずらされれば、胸元に唇を落とそうとした。
「好きだよ。キーラ」
唇が胸元に触れると、魔法の光が発動した。契約魔法だ。迷いなくリクハルド様が私に契約魔法を使ったのだ。そして、リクハルド様の胸も同じように魔法の光が現れていた。
♢
急いでリクハルド様とシリル様の待つシンクレア子爵領へと向かった。早馬二頭で走れば、馬車で行くよりもずっと早くに到着した。
「一緒に乗れば良かったのに……」
「それは、ちょっと……」
朝から刺激的過ぎて、心臓がもたない。真顔で言うリクハルド様を見れば、この人には感情はあるのかと疑ってしまう。
シリル様に会えることを楽しみにして、なだらかな丘を越えて、街にもよらずにひたすらにシンクレア子爵邸に到着すれば、シンクレア子爵邸では騒ぎが起きていた。
「リクハルド様――!!」
リクハルド様が馬の手綱を引いて停車すれば、すぐに青ざめたケヴィンが駆けつけてきた。
「どうした? ケヴィン。シリルはどこだ?」
「た、大変です! そのシリル様が見当たらないのです!!」
「シリルが?」
「は、はい! 夜には眠っているのを見たのですが……朝迎えに行くと、すでに見当たらなくて……申し訳ございません!」
「シンクレア子爵はどうした?」
「シリル様が行方不明になり、倒れてしまいまして……ルミエル様が付き添っています」
「……」
胸を押さえて呼吸を整えながらケヴィンが言うが、リクハルド様は無言で眉根を吊り上げて冷静だった。
「キャアーーーー!! シリル様がいない!!」




