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10番目の婚約者である氷の伯爵様だけが婚約破棄をしてくれない!〜子供が可愛すぎて伯爵様の溺愛に気づきません〜  作者: 屋月 トム伽
第二章

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それぞれの夜


王都で一番高級な宿屋。その中でも一番高価な部屋は無惨なものになっていた。


部屋で雷の魔法を使い、ベッドも調度品も家具も壊れた。壁も崩れて、入り口が崩壊した跡地のようになっていた。


そして、爆音に驚いた宿屋の主人が、部屋の惨状に呆然として倒れてしまった。宿屋の主人を起こして、何とか全て弁償するということで話はついた。


だけど!


「どうして、リクハルド様と同じ部屋なのですか……もう眠いのに……」


壊れた部屋の続き部屋で、呆然としている。隣にいるリクハルド様はいつもと変わらない冷たい表情のままだ。


「空いている部屋がないからだ」

「せっかくのスイートルームだったのに……」

「部屋を壊したのは、キーラだ。部屋中に雷を落とすから……先ほどまで宿屋の主人に怒られていたのを忘れたのか?」

「暴れたせいで、吐きそう……」

「しっかりしろ」


その場にふらりと倒れそうになると、リクハルド様が私を支えてベッドに連れて行った。

ベッドの上で、リクハルド様が大事に私を包むように抱きしめている。


「リクハルド様……一緒に寝ませんよ」

「俺に負けたのに?」

「一緒に寝る約束はしてません」

「離れると一緒に帰らないかもしれないからな」

「リクハルド様に吐きますよ」

「別にいい。吐いたら、一緒に風呂に入るから」

「やっぱり吐くのやめます」


全然よくない。一緒にお風呂なんて入れない。

暴れたせいか、一気に酔いが回っている。頭がクラクラする。

さっきまでは、ボルテージが上がって元気だったのに。


「……リクハルド様。どうして、婚約を受けたのですか? リクハルド様なら、他にも縁談はあったんじゃないですか? ルミエル様のことだって……」

「……色々あるが……キーラを選んだのは顔だ」

「顔?」

「一生の伴侶になるのだ。自分が好きな顔のほうがいい」

「それだけ?」

「今は少し違うが……」


うとうとしながら、リクハルド様の低くて澄んだ声が顔の近くで聞こえていた。


「……冷たくて気持ちいい」


リクハルド様が愛おしむように私の頬を撫でると、彼の手が冷たくて、熱くなった顔で彼の胸板にもたれた。氷の魔法使いのせいか、リクハルド様はひんやりとしている。


そうして、気持ちよくて瞼を閉じた。



「キーラ。シリルのことだが……キーラ?」


腕に抱きとめているキーラの返事がないと思えば、すでに酔いが回ったキーラが寝ている。


「勝手に寝るなよ。本当に自由だな……」


キーラの顎に手を添えて顔を近づければ、酒臭い。


「飲みすぎだろ……」


すると、キーラの身体が悩ましげに捩れて、寝言を呟きだした。


「シリル様……大好きですよ……リクハルド様……」


どちらに大好きだと言ったのか……わからなくて、イラッとした。そうして、眠っているキーラにそっと口付けをした。





__夜。


(キーラ様が来ない。キーラ様を迎えに行ったお父様も帰ってこない)


いつ帰ってくるんだろうと思い、執事のケヴィンの部屋へと行こうとして立ち上がった。部屋の扉のところで、部屋の中を見渡すように振り向けば、覚えてない母親の部屋がある。


懐かしい気持ちもない。ただ、「セアラによく似ている」と言って、上から顔を近づけてくるシンクレア子爵にシリルは戸惑っていた。


(お祖父様は、僕を見ているようで、見てない気がする)


「……変なの」


そうして、部屋を出てケヴィンの部屋に行けば、彼はいなかった。階下にいるのかもと思って、階段室へと行こうとして廊下を歩けば、メイド2人が灯りを消しながら回っていた。


「聞いた? マクシミリアン伯爵の婚約者は、何度も婚約破棄を繰り返した令嬢らしいわよ」

「だから、旦那様は怪訝な顔をしているのね」

「旦那様は、ルミエル様とマクシミリアン伯爵をくっつけたがっているからね。セアラ様が亡くなって、昔から遊びに来ていたルミエル様が可愛いんでしょう……病んでいる旦那様のもとに何度も通うくらいですもの。旦那様だって、情が移るわ。病んでいる時ならなおさらよ」

「マクシミリアン伯爵の婚約者は、出て行ったと言うし、きっとルミエル様との婚約をまとめるかもね。ルミエル様が言っていたけど、マクシミリアン伯爵の婚約者は、別の男といたと言うし……」

「じゃあ、別の男と出て行ったのかも……お貴族様は人気なのね」

「セアラ様の忘れ形見のシリル様も、旦那様が引き取ろうとしているし……」


クスクスッと笑いながら噂話をしているメイド2人。その噂話に、がーんとショックを受けてわなわなと震えた。


(お父様がキーラ様を虐めたから、別の人のところに行っちゃう!)


ケヴィンを探すのをやめて、急いで部屋へと帰ろうと踵を返すと、シンクレア子爵とルミエルが話している声がした。


「……シリルは、大丈夫なのか? セアラはよく笑う娘だったが……子供なのに、家庭教師はどうしたのだ? 世話係がいないなど……」

「それが……キーラ様が追い出してしまったようで……」

「家庭教師をか!?」

「ええ、今も家出しているみたいですし……男性がいるのかも……」

「男がいるのか!?」


シンクレア子爵が驚いて、怪訝な表情になる。


「婚約破棄も何度もされていますから、リクハルド様もどうなるか、私、心配で……」

「ああ、気にするな……私が何とかしよう。ルミエルのことは、娘のように思っている」


嘆くルミエルをシンクレア子爵が慰めていた。


「婚約者は、キーラ・ナイトミュラーではなく、ルミエルを婚約者にするように、リクハルド様に言おう。シリルも私が引き取ろう」


ガーンと、ショックを受けてしまう。

メイド2人が話していたことが本当なんだ。


(キーラ様が、別の人のところに行ってしまう)


部屋に帰るなり、マントを羽織り、狼のリュックを背負い、剣も背負った。


(ここにいちゃダメだ。キーラ様に会えなくなっちゃう!)


急いでシンクレア子爵邸の庭に出れば、外は真っ暗だった。


「真っ暗……」


灯りが動いているのが見えて追いかけると、使用人が見回りから戻り、ランタンを入り口の木の樽の上に置いた。


(あれ、明るい)


誰にも見られずにランタンを取ると、周りが見えてほっとした。


(急いでキーラ様とお父様のところに帰ろう。キーラ様は、僕が守るんだ!)


そうして、たった一人でシンクレア子爵邸を飛び出した。






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