とどめを刺しましょう!
___深夜。
早馬で王都に帰る。マクシミリアン伯爵邸に寄らずに王都の街へと急いだ。王都のナイトミュラー男爵邸は、売り払っていたはず。キーラの父上であるナイトミュラー男爵は「疲れた」と言って、外国へと行った。そのおかげで、キーラには帰る場所がなかったはず。
だけど、キーラの行動は予想がつかない。帰る場所がないからといって、大人しくしているとも思えない。早く見つけないと、本当に見つからない気がする。
急いで王都の街へと行く。さすがに、キーラが野宿をするとは思えない。多分。金はたくさん持っていると言っていたから、街で一番高級な宿へと聞き込みに行こうとすると、寄り添いながら宿へと入っていく男女が目についた。
薄い緑の髪色の男に支えられている、赤い髪色の女性。キーラとあのクリストフという男が二人して深夜に宿へと入ろうとしているのだ。
また、浮気。夜に男女が二人で過ごすなど、そういうことだろう。
思わず、足が止まっていた。
セアラの浮気に気付かなかった。そして、今度はキーラまで浮気。
腹が立っていた。苛立つ感情がある。今までにないほど、腹立たしい。冷たいと言われた顔がさらに怒りをはらんでいた。
「キーラ!!」
今まで声を荒げることなどなかった。自分の呼び声にクリストフが驚いて振り向いた。と同時にキーラを力任せに引き寄せた。自分にキーラを寄せると、彼女が頬を染めて見上げた。
「リクハルド様? どうしてここに? シンクレア子爵邸に行ったんじゃ……」
「それはこちらのセリフだ。ここで何をしている」
「見てわかりませんか? 家出です」
キーラが、ふんとそっけなく言った。
「家出をする理由があるか? そのうえ、男と宿に泊まろうなど……何をするつもりだ!」
「何もありませんよ! リクハルド様と一緒にしないでください!」
「では、なぜ、男と宿に泊まる!?」
キーラを問い詰めると、不機嫌な様子で睨みつけてくる。赤い顔でツンとしたかと思えば、フンと顔を背けられた。
「キーラ」
「なんですか? クリス様。リクハルド様の要望通り一緒に泊まりますか!?」
「俺は、間男と勘違いされているんだぞ! 疑われるようなことを言うものではない」
ヤケクソのように言うキーラに、クリストフが困って頭を押さえている。そんな彼をギラリと睨んでいた。
「……あの、マクシミリアン伯爵」
「なんだ? 言っておくが、キーラは俺の婚約者だ。手を出そうなら、覚悟をしてもらう。明日はないと思え」
「いえ、そうではなくてですね」
周りの空気が冷えていく。宿屋の前に植えてある植物がパキパキと音をたてて凍っていくのを、不味そうにクリストフが見て言った。
「なんですか? クリス様に手を出すと、殺りますよ」
「キーラは、ちょっと黙ってなさい」
「なんでですか!」
「話がややこしくなるからだ! 兄弟子のお願いだ! この殺気立った空気が読めんのか! あの恐ろしい顔を見ろ!!」
「とどめを刺しましょう! この絶倫に! クリス様と私なら、できます!」
「やめなさい!」
クリストフが、拳を握って殺る気満々のキーラを止めると、困ったように話しだした。
「兄弟子?」
「話してなかったのですか? 俺はキーラの兄弟子です。同じ師に弟子入りしておりまして……妹というか、家族みたいなものです。決して、キーラに不埒な感情は持っておりません。女に見えないし」
最後の言葉に力を込めて言うクリストフの肩の力が抜けた。
「そうなのか? キーラ」
キーラに聞くと、いつの間にか口元を押さえてその場にしゃがみ込んでいた。
「うっ……吐きそうです。この寒い空気のせいで」
「それは関係ない。お前の飲みすぎだ。ワインを何本開けたと思うんだ。よく思い出せ」
「覚えてます。一本です」
「飲んだのは、十本だ。二本目から記憶が怪しいのだな……はぁ……」
「クリス様。抱っこ」
「もう子供じゃないんだぞ、頑張って歩け」
クリストフがキーラの背中をさすっていると、キーラが甘えたように呟いた。その彼女をクリストフから奪うように抱き上げた。
「キーラは、俺が連れていきます」
「そ、そうですか……では、お願いします。部屋は最上階の一番高級な部屋です」
「そこに二人で泊まるつもりだったのか?」
「俺は帰るつもりでした。魔法師団の宿舎に住んでますので!」
ギラリと睨み付けると、クリストフが思いっきり否定した。
「とにかく、キーラをよろしくお願いいたします。大事な妹弟子です。こう見えても、キーラは傷ついているんです。何度も婚約破棄もされましたし……」
「……わかっている。それと、キーラとは必ず結婚させてもらう」
「それを聞いて安心しました。では」
そう言って、クリストフが去っていった。
「ちょっと待ってぇーー! どうして、私を置いていくんですか!? 勝手に綺麗に去らないでください!!」
横抱きに抱えているキーラが、去っていくクリストフに手を伸ばして叫んだ。




